人権擁護法案検討メモ―雑感

 人権擁護法案を自分なりに読み解く試みをここしばらく続けてきたわけですが、今回は感想めいたことを少し。

 法律とは立法者の意思の表明であり、それゆえに法解釈とは立法者の意思を解明することに尽きるという考え方は、“立法者意思説”といって昔からあったものです。“立法者意思説”の立場からすれば、法律の文言が何を意味しているかは、その法律の制定者が立法段階においてどのような意図をもっていたかということであり、法律の適用者(行政府や司法府)は、個別の事件処理に際して立法者の意図を汲み取った上でそれに従い判断を下すべきである、ということになります(ものすごく乱暴なまとめ方ですが)。
 この“立法者意思説”に対して伝統的に対置されてきたのが“法律意思説”です。これによれば、法律はその制定と同時に立法者の手を離れ、独立したテキストであるということになります。したがって法解釈の目標は、立法者の意図を汲み取るのではなくその法律が法体系全体の中で占める位置や、それが果たすべき社会的機能を解明することになります。
 人権擁護法案をめぐる議論を振り返ると、反対論者と推進論者の議論のすれ違いは、それぞれが“特殊な立法者意思説”と“形式的な法律意思説”という異なる立場から論じているから生じているのではないかという気になってきました。
 
 なぜ“特殊な立法者意思説”と申し上げたかといいますと、反対論者の指し示す“立法者”が通常の理解とは違っているように思われるからです。一般には“立法者”とは議会を指し、“立法者意思”とは議会本会議や実質審議を行った議会委員会の議事録から抽出されるものとされておりますが、本法案はまだ国会に上程されているわけではありませんので、分析の対象は与党法務部会の質疑(非公開であるのが残念ですが)ということになります。しかし反対論者はそこからさらに推進派議員を動かしている(と推測される)圧力団体の見解まで分析の対象とし、反対の根拠としています。ここまでくると通常の意味での“立法者意思説”ではなく、“特殊な”立法者意思説ということになるでしょう。法律の適用者が圧力団体の見解を“立法者意思”として参照するということは考えにくいですから、反対論者が“特殊な立法者意思説”に立ち圧力団体の見解を根拠に法案の危険性を唱えてもなかなか説得力を持ち得ないということになります。
 他方、なぜ“形式的な法律意思説”と申し上げたかといいますと、推進論者はこの法律がどのような社会状況において解釈されるのかをわざと考えまいとし、現行法体系との整合性のみ重視しているように思われるからです。法案成立後に何が起こるか合理的範囲内で想像力を働かせず、ただ「違憲/違法ではない」と繰り返していても、「政策としての妥当性」を反対派に納得させることはできないでしょう。
 
 「現行法体系に整合していること」はクリアしなければならない最低限の基準なのですから、それだけでは積極的に法案成立を推進する動機の説明にはなりません。法案推進派はもう一歩進んで「数ある選択肢の中でなぜこの法案のような制度を選んだのか」を説明しなければならないはずですが、今のところそこまで積極的な推進論を唱えているブログにお目にかかったことがありません。法案を読み解く努力をもう少し続けながら、議論の推移に注目したいと思っている次第です。

人権擁護法案検討メモ―番外編その7

 お忙しい中、bewaadさまから丁寧なご指導をいただきました。本当にありがとうございます。拙ブログのエントリー群が“法案分析”と呼べる代物ではないことは承知していますが、拙ブログがBewaad Institute @Kasumigasekiにおける一連のエントリーを生むきっかけの一部になれたとするならば、チマチマ書いてきた意味もあったのかなと自己満足しております。

さて。

人権委員会が収集した資料の閲覧謄写>

 「人権委員会が収集した資料の閲覧謄写」についてですが、私は“法律”と“刑事局長通知”を同列に並べてしまうという、全く初歩的な誤りを犯しておりました。なるほどご教示いただいたとおり、刑訴法に比べて法案ははるかに限定的であり、紛争当事者の双方に対して相当程度配慮した内容だったのですね。
 bewaadさまのご説明を伺うことで私の疑問(偏見?)がより明確になったように思いますので、すこし印象を述べさせていただきます。

民事訴訟と資料閲覧のタイミング>

まず、

 明示的に民事訴訟提訴後に限ってもよいではないかという立場もありますが、例えば匿名の相手方については、そもそも誰を訴えていいのかわからないわけですから、提訴後に限ると事実上この場合の「被害者」は訴訟による「権利の行使」が不可能となってしまいます。 
 それなら提訴後と提訴に必要な場合に限ればよいかというと、調停や仲裁を申し立てたいけれども相手方がわからないケースはどうだとか、そういった話になってくるわけです。(Bewaad Institute @Kasumigaseki 2005年3月24日付エントリー*1より抜粋)

 についてですが、「ああ、これは“振り込め詐欺被害者の訴状却下”によく似ているのだな」と思いました。
 “振り込め詐欺被害者の訴状却下”については大きくニュースで取り上げられたので覚えていたのですが、改めて顛末を記しておきます。

 「振り込め詐欺」の被害に遭った滑川市の50代パート女性が、だまし取られた現金を取り戻そうと、現金自動預払機(ATM)の振り込み控えに記された片仮名の名義人を相手に提訴したところ、富山地裁(剱持淳子裁判官)に「氏名や住所を特定していない」として〝門前払い〟され、即時抗告していた訴訟で、名古屋高裁金沢支部(安江勤裁判長)は5日までに、「預金口座を開設した人物を被告として提訴したことは明らか」とし、地裁の命令を取り消す決定をした。
 安江裁判長は「被告の特定について困難な事情があり、原告が被告の特定について可能な限り努力していると認められる例外的な場合には、調査嘱託などをすることなく、直ちに訴状を却下するのは許されない」と決定理由を述べた。さらに、裁判所がその職権で銀行側に照会すれば「住所、氏名(漢字)が明らかになると予想できる」としている。
 女性の代理人によると、こうした高裁判断は初めてで「振り込め詐欺の被害者救済に道を開く判断」と話している。
 今後は、富山地裁が訴状送達などに必要な被告の住所、氏名などを銀行側に照会し、審理が始まる見通し。
(北日本新聞2005年1月6日付け*2より抜粋)

 このように“匿名の影に隠れた加害者”に対する追及は、差別事象に限らず難題となっているわけで、訴訟において公的機関の資料を簡便に利用できるような制度を導入することは必要なことだと思います。
 ただ、人権委員会の勧告は被害者にも通知されますから(法案第60条第3項)、被害者が訴訟を起こす手がかりを掴めないわけではなく、提訴を行ってから裁判所に調査嘱託をするよう求めればよいのではないかと思います。これは「提訴前の公表」と同様、「どちらでもいいではないか」という話なのかも知れませんが、少なくとも提訴前に資料閲覧ができなくても被害者の権利行使を不可能とするものではないと考えます。

<公的紛争処理と私的交渉>

 さて、なぜここまで訴訟にこだわるのかと申しますと、

 こうした法律間の比較でなく人権擁護法案の条文を読んでも、同様の解釈が可能です。まず「権利の行使」ですが、不当な行使を法律が認めるわけがありませんので(わざわざ「当該被害者の権利の『正当な』行使」と規定しなくとも、そうとしか解釈できないに決まっているということです)、ここでいう権利の行使にいわゆる糾弾等が含まれないのは自明です。(Bewaad Institute @Kasumigaseki 2005年3月24日付エントリー*3より抜粋)

と仰る部分について、私が不安(偏見?)を抱いているからです。
 紛争がすべからく公的機関による処理に委ねられるということはありえませんし、非公式な交渉と公的な紛争処理を行ったり来たりしながら、落ち着くところに落ち着くというのが、紛争解決というものなのでしょう。
 いわゆる“糾弾”が「正当な権利行使」とは言えない場合が多く見受けられる点については、法務省も人権擁護局総務課長通知「確認・糾弾会について」(平成元年8月4日)において明言しているところですが、だからといって“糾弾”がなくなり、差別事象が相対交渉を踏まえることなくポンと公的紛争処理の手続に乗ってくるというのも考えづらいわけです。このとき、「何が正当な権利行使か」「違法な糾弾と穏当な相対交渉の境目は何か」という問題に突き当たります。
 例えば貸金業法第21条には次のような規定があります。

第21条 
 貸金業を営む者又は貸金業を営む者の貸付けの契約に基づく債権の取立てについて貸金業を営む者その他の者から委託を受けた者は、貸付けの契約に基づく債権の取立てをするに当たつて、人を威迫し又は次の各号に掲げる言動その他の人の私生活若しくは業務の平穏を害するような言動により、その者を困惑させてはならない。
 6.債務者等が、貸付けの契約に基づく債権に係る債務の処理を弁護士若しくは弁護士法人若しくは司法書士若しくは司法書士法人(以下この号において「弁護士等」という。)に委託し、又はその処理のため必要な裁判所における民事事件に関する手続をとり、弁護士等又は裁判所から書面によりその旨の通知があつた場合において、正当な理由がないのに、債務者等に対し、電話をかけ、電報を送達し、若しくはファクシミリ装置を用いて送信し、又は訪問する方法により、当該債務を弁済することを要求し、これに対し債務者等から直接要求しないよう求められたにもかかわらず、更にこれらの方法で当該債務を弁済することを要求すること。

 貸金の返済を求めるのは「正当な権利行使」には違いないのですが、ともすれば穏当な相対交渉の閾を超え恐喝まがいの所業に堕してしまうということは充分ありうることです。これは貸金をめぐる紛争に限った話ではなく、たいていの紛争にあてはまることではないかと思いますが、とりわけ差別事象においては法務省が「相対交渉が不当な権利要求に成り下がっている場合が多い」と認め、被差別者団体も糾弾への公的機関の介入に反対しているという事情が、私の「安易に国家機関が“差別にあたる”という認定を行い、それを“お墨付き”として相対交渉の場で利用されること」への抵抗感や「国家機関の“お墨付き”が暴力的な糾弾を正当化することになるのでは」という心配の源となっているのです。
 貸金業法のように、紛争当事者のどちらかが公的紛争処理機関の利用を申し出た時点で相対交渉のチャネルが閉じられ、公的紛争処理の手続の中で交渉が行われるという保証が法案に組み込まれているのであれば、反対論者の大半は強硬姿勢を弱め、あとは「人権委員会の政治的中立性」に論点が集約されるような気がします(法案推進論者もかなりトーンダウンすることでしょうけど)。

<まとめ>

 というわけで、

  1. 人権委員会が勧告を行ったことを差別被害者に通知するのだから、被告が特定できないために提訴できないということはないのではないか。
  2. 相対交渉も「正当な権利行使」に含まれる余地がある以上、“糾弾”に利用される虞なしとは言えないのではないか(これについては、提訴後にも糾弾される虞があるのだから考える必要がないと言われてしまうかも知れませんが)。
  3. せっかく公的紛争処理(訴訟・仲裁・調停)の活用を狙っているのだから、もう一歩踏み込んで「公的紛争処理手続の進行中は相対交渉を制限する」ことを明記すれば、法案に対する支持も多少増えるのではないか。

という感想を抱いた次第です。
(ただ、貸金トラブルのような利益紛争とは違い、差別事象のような権利紛争は相手と直接対話することで相互理解を深めることが解決の本筋と考えられるので、相対交渉を極端に制限することは真の差別問題解決を妨げるのではないかという疑問も当然出てきますし、そもそも多様な紛争について一律に相対交渉を制限できるのかという問題もあります。法案第62条第3項の用途制限が相対交渉を規正する方向に働くのであれば、それでよいのかなと思いますが、この条文にそこまでの意味を持たせられません。この問題、難しいです。)

差別助長行為等の差止請求(人権擁護法案検討メモ―番外編その6)

<はじめに>

 前回の最後に、「いよいよ『差別助長行為等の差止請求訴訟』です」と書きました。こいつは手強いです。正直なところ、ぜんぜんイメージがわきませんので、下書きのつもりで書きとめておきたいと思います。
前回、前々回で取り上げた「資料の閲覧謄写」や「訴訟参加」は、民事訴訟を提起しようとする特定の人物(被害者)に対して人権委員会が行う様々な援助措置ですが、法案第65条の「差別助長行為等の差止請求訴訟」は、不特定多数の被害者に代わって国が原告となって提起する差止請求訴訟です。

法案第六十五条 
 人権委員会は、第四十三条に規定する行為をした者に対し、前条第一項の規定による勧告をしたにもかかわらず、その者がこれに従わない場合において、当該不当な差別的取扱いを防止するため必要があると認めるときは、その者に対し、当該行為をやめるべきこと又は当該行為若しくはこれと同様の行為を将来行わないことを請求する訴訟を提起することができる。

<“具体的当事者”のいない民事訴訟

 “差別助長行為”の被害者は不特定多数ですし、侵害される利益も不明確です。国が原告となる民事訴訟は、原則的に法務省の訟務部門がこれをおこなうものとされていますが、本法案は原告を“国”とせず“人権委員会”としています。これらを考えると、「差別助長行為等の差止請求訴訟」は、民事訴訟の枠組みではありますが刑事手続に近い性質を持っているように思われます。いや、ぜんぜんわからないんですが。
 民事訴訟は当事者が対等な関係であることを前提とした制度ですが、医療過誤や建築紛争などにおける原被告間の専門知識の格差や公害紛争などにおける患者と企業間の経済力の格差など、現実には原被告間に訴訟追行能力の格差が存在することは広く知られています。そしてこのような格差が司法救済の妨げとなっているという認識があるからこそ、人権擁護法案に様々な訴訟援助措置が盛り込まれているのです。
 そのような観点から「差別助長行為等の差止請求訴訟」を見たとき、私人が国に訴えられるという構造には圧倒的な訴訟追行能力の格差が存在するわけで、それを通常の民事訴訟の枠組みで処理しようという制度設計には疑問を感じざるを得ません。
 被告の言動が差別助長行為として制約を受けるべきものなのか。ことは事後的賠償ではなく事前抑制の問題であるだけに、人権委員会と被告を民事訴訟の土俵にポンと乗せるだけではなく、訴訟追行能力の格差を埋め実質的対等性を確保した上で差止の可否を争いうるような枠組みを用意しなければならないのではないでしょうか。

<差止判決の効果>

 ところで、差別助長行為等の差止請求訴訟における判決には、どの程度の作為や実行確保手段まで認められるか(出版物の廃棄や回収、謝罪広告の掲載、また差止判決に応じない場合の制裁など)についても、まだ議論が尽くされていないように思います。
 従来のプライバシー侵害をめぐる出版差止などについては、具体的な個人が被害者として存在しているため、仮に差止判決(や仮処分)に従わなくてもその後の損害賠償請求訴訟において大きなペナルティとなって跳ね返ってくることが想像されますが、“被害者のいない”差別助長行為等の差止請求訴訟ではどうなるのでしょうか。

・・・やはりイメージがわいてきません。わからないことだらけです。従来の差止訴訟を勉強してから、もう一度まとめてみたいと思います。

(そもそも差止の対象となる「差別助長行為(=ヘイトスピーチ)」について全く触れていません。手続面からのアプローチにこだわってきましたが、そろそろ“実体面”にも踏み込む必要がでてきたようです。)

 次回は、この続きを書くか全く別のテーマを書くか未定です。

人権委員会の訴訟関与(人権擁護法案検討メモ―番外編その5)

<はじめに>

 前回は、「人権委員会が収集した資料の閲覧謄写(法案第63条)の問題点」について述べました。今回は人権委員会が訴訟に直接関与する場合について考えます。

人権委員会の訴訟参加とは>

第63条第1項
 人権委員会は、第60条第1項(第72条第1項又は第78条第1項において準用する場合を含む。)の規定による勧告がされた場合において、当該勧告に係る人権侵害の内容、性質その他の事情にかんがみ必要があると認めるときは、当該人権侵害に関する請求に係る訴訟に参加することができる。
第63条第2項
 前項の規定による参加の申出については、民事訴訟に関する法令の規定中補助参加の申出に関する規定を準用する。

いや〜、わからん。

 まず「補助参加」とは、他人間の訴訟の結果につき利害関係を持つ第三者が、当事者の一方を勝訴させることによって、間接的に自己の利益を守るためにその訴訟に参加する参加形態のことをいうようです。
 法案を言い直すと、
「特別人権侵害があったと人権委員会が認定し「勧告」までおこなった事件について、被害者が当該人権侵害について差止請求/損害賠償請求訴訟を提起したとき、人権委員会は被害者側の補助参加人になることができる」
ということになるでしょう。
 人権委員会はどんな訴訟にでも補助参加できるわけではなくて、法案には「人権侵害の内容、性質その他の事情にかんがみ必要があると認めるときに(訴訟に)参加することができる」と定めています。これは、当事者の事実上の訴訟追行能力(端的にいえば経済力)や被害の深刻さなどが考慮されるということでしょうか。(親から虐待を受けている未成年者など、法律上の訴訟能力に制限がある者が当事者である場合は、補助参加ではなく「特別代理人」を選任することで対応することになるはずです。)

 ・・・どうもイメージがつかめません。当事者の経済力や被害の深刻さは様々ですから、どこで線引きするか極めて困難です。場合によっては、人権委員会の「訴訟に補助参加しない決定」が新たな争いの対象になるかも知れません。

<補助参加の性質>

 「人権委員会が補助参加するかしないかの線引き」を考えるために、「人権委員会の補助参加」の性質についてもう少し述べてみます。
 民事訴訟における「補助参加」の中に、行訴法23条の「行政庁の訴訟参加」というものがあります。

「行政庁の訴訟参加」
 例えば土地所有権確認訴訟において、被告は有効な行政処分(例えば農地買収処分や土地収用裁決)に基づいて所有権を取得したと主張し、原告はその行政処分は無効なので依然として自分が土地所有者だと主張するとします。この場合、形は通常の民事訴訟ですが、実態は行政処分の有効性をめぐる争いにほかならないことになります。
 行訴法は、このような訴訟を民事訴訟として扱いつつ、取消訴訟の規定の一部を準用することとしています(行訴法45条)。準用される規定の中に、「行政庁の訴訟参加」(行訴法23条1項・2項)があります。これにより裁判所は、申立てにより又は職権で関係行政庁を訴訟に参加させることができます。また参加した行政庁は、補助参加人に準じて攻撃防御方法の提出(処分の効力・存否に関するものに限る)や上訴の提起ができるとされています(行訴法45条2項、民訴45条1項)。

 民事訴訟における補助参加人は、当事者とは独立した地位を有し、例えば、独自の判断で攻撃防禦方法の提出、異議申立、上訴提起などの一切の訴訟行為をすることができるとされていますが(民訴法45条1項)、「行政庁の訴訟参加」として理解するのであれば、人権委員会の行いうる訴訟行為は、自ら行った「勧告」の当否に関するものに限られるということになるでしょう。
 そのように考えていけば、人権委員会民事訴訟に補助参加するかどうかの判断基準とされる「人権侵害の内容、性質その他の事情」とは、当事者の訴訟追行能力などではなく「その訴訟において『勧告の正当性』が主要な争点となっているかどうか」であるということが出来ます。

第63条第3項
 人権委員会が第1項の規定による参加の申出をした場合において、当事者が当該訴訟における請求が当該勧告に係る人権侵害に関するものでない旨の異議を述べたときは、裁判所は、参加の許否について、決定で、裁判をする。この場合においては、人権委員会は、当該訴訟における請求が当該勧告に係る人権侵害に関するものであることを疎明しなければならない。

<訴訟参加のありかた―他の選択肢>

 ところで独占禁止法には、次のような規定があります。

独占禁止法 第83条の3
  裁判所は、第24条の規定による侵害の停止又は予防に関する訴えが提起されたときは、その旨を公正取引委員会に通知するものとする。 
2 裁判所は、前項の訴えが提起されたときは、公正取引委員会に対し、当該事件に関するこの法律の適用その他の必要な事項について、意見を求めることができる。 
3 公正取引委員会は、第1項の訴えが提起されたときは、裁判所の許可を得て、裁判所に対し、当該事件に関するこの法律の適用その他の必要な事項について、意見を述べることができる。 

 独占禁止法のような「裁判所に対する意見」という訴訟参加形式ではなく、「補助参加」という一方当事者に傾斜した訴訟参加形式をとったのは、“差別撤廃”に向けて国が積極的に関与していくという姿勢の現われなのかも知れません。
 しかし「人権委員会の中立性」の観点から制度を考えるならば、独占禁止法のような「意見を述べる」という仕組みも充分検討に値するように思われます。

 今回は、本当にわかりませんでした。難しいです、法律って。
 次回はいよいよ「差別助長行為の差止請求訴訟」です。

人権委員会が収集した資料の閲覧謄写(人権擁護法案検討メモ―番外編その4)

<はじめに>

 前回(人権擁護法案検討メモ―番外編その3)では、男女雇用機会均等法の運用状況から、人権擁護法案に基づく人権委員会が調停を中心とする準司法機関としてよりも、「行政指導」という“相対交渉を有利に運ぶためのお墨付き”を発行する機関として機能するだろう、ということについて述べました。
 また、この「行政指導」は、放置すれば民事訴訟が後続すること、その民事訴訟に国が原告となる(あるいは原告の補助参加人として参加する)ことについて警告するものであるらしいということがわかりました。そこで今回は、法案における訴訟に関連する規定のうち、資料の閲覧及び謄写について少し述べたいと思います。

人権委員会が収集した資料の利用>

(資料の閲覧及び謄抄本の交付)
第62条第1項
 人権委員会は、第六十条第一項の規定による勧告をした場合において、当該勧告に係る特別人権侵害の被害者若しくはその法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、人権委員会保有する当該特別人権侵害に関する資料の閲覧又は謄本若しくは抄本の交付の申出があるときは、当該被害者の権利の行使のため必要があると認める場合その他正当な理由がある場合であって、関係者の権利利益その他の事情を考慮して相当と認めるときは、申出をした者にその閲覧をさせ、又はその謄本若しくは抄本を交付することができる。

 民事訴訟などのための証拠や資料は、本来は独力で収集しなければならないのですが、この規定は、人権委員会の収集した証拠や資料を当事者が相手方との交渉に利用できるようにするものです。

第62条第2項
 人権委員会は、前項の規定により資料の閲覧をさせ、又はその謄本若しくは抄本の交付をした場合において、当該被害者が当事者となっている当該特別人権侵害に関する請求に係る訴訟の相手方若しくはその法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、当該資料の閲覧又は謄本若しくは抄本の交付の申出があるときは、申出をした者にその閲覧をさせ、又はその謄本若しくは抄本を交付しなければならない。

 被害者が人権委員会の資料を閲覧謄写したときは、相手方に同じ資料を閲覧謄写させなければならないとしたものです。

第62条第3項
 前二項の規定により資料を閲覧し又はその謄本若しくは抄本の交付を受けた者は、閲覧又は謄本若しくは抄本の交付により知り得た事項を用いるに当たり、不当に関係者の名誉又は生活の平穏を害することのないよう注意しなければならない。

 人権委員会の収集した資料を不当に利用(ビラ等に引用して居住地や職場周辺で配布したりするなど)して関係者の名誉や生活の平穏を害してはならないとクギをさしたものです。

これに類似する制度としては、次のものが挙げられます。

【被害者等に対する不起訴記録の開示】
(平成12年2月4日刑事局長通知)
 不起訴記録については、刑事訴訟法第47条により非公開が原則とされていますが、同条ただし書により「公益上の必要その他の自由があって、相当と認められる場合にはこの限りではない」とされていることから、検察庁は従来から交通事故に関する実況見分調書等の証拠につき、当該事件に関連する民事訴訟の係属している裁判所からの送付嘱託や弁護士会からの照会に応じてきたところ、被害者等が民事訴訟等において被害回復のため損害賠償請求権その他の権利を行使するために必要と認められる場合には、捜査・公判に支障を生じたり、関係者のプライバシーを侵害しない範囲内で、被害者等からの請求でも客観的証拠で、かつ、代替性がなく、その証拠なくしては、立証が困難であるという事情が認められるものについて、これに応じるなど弾力的な運用を行うこととしたものです。

 「証拠収集力の格差」は、以前より医療過誤紛争や建築紛争など証拠が被告側に偏在し、また高度の専門知識が必要とされる紛争において問題とされていたところですが、近年「被害者保護」を重視すべきとの声が高まったことから、捜査機関が自ら収集した証拠の開示を認めるようになってきました。
現在のところ、当事者に対する不起訴事件の証拠資料開示は実況見分調書など客観証拠に限られ、関係者の供述調書は対象とされておりません(裁判所からの文書送付嘱託によるならば、供述調書等についても一定の要件の下で開示を認めているようです)。

<法案の資料閲覧謄写規定は妥当か>

 原被告間の証拠収集力の格差は、本来は民事訴訟における証拠収集手続の充実によって解消すべきであり、安易に国家機関の収集資料を私的紛争の一方当事者に用いさせるべきではありません。だからこそ検察庁は証拠の閲覧謄写に上記のような厳格な要件(民事訴訟・客観証拠・代替不能性)を設定しているのです。
これに比べ、本法案における人権委員会による調査記録の閲覧謄写は、調査資料のすべてに及び、必ずしも民事訴訟で用いられる場合と限定していないなどずいぶんと緩やかです。(だからこそあえて「濫用禁止規定」が置かれているのだと言えるでしょう。つまり、「濫用されそうだ」とわかっているのです。)
 強制力を用いて収集できる捜査記録に対して、人権委員会の調査記録は過料という制裁を背景にしているとはいえ任意提出による資料に近いと考えてこのような規定になっているのではないかと思われますが、資料の性質(証拠の客観性)はともかくとしても、人権委員会の収集した資料の利用目的を民事訴訟に限らないということは、例えば相対交渉(“糾弾会”など)の場においても利用されることも容認しているわけですから、やはり緩やかに過ぎるように思われます。(一応「勧告」にまでいたるケースに限定されているものの、取り扱う事件数のうちどの程度の割合で「勧告」が行われるのかはフタを開けてみなければわかりません。現状の人権侵犯事件処理をベースにすればめったに行われないと推測されますし、男女雇用機会均等法に基づく是正指導を参考にすればそこそこの割合で行われることになります。)
 人権委員会の調査が、後に純然たる私的紛争の一方当事者に利用される、しかも司法の場に限らず相対交渉や“糾弾”と称する集団交渉にも援用される可能性があるとなれば、人権委員会の行う調査の公益性をも疑わせしめることになり、妥当ではないと考えます。
 以上の事柄を踏まえ、私は

  1. 人権委員会の収集した資料の開示請求は、民事訴訟を提起した後に限るべきである。
  2. 開示された資料は、民事訴訟への証拠以外に用いることを禁じるべきである。
  3. 人権委員会が留め置きした資料(客観証拠)については、開示を認めてもよい。
  4. 人権委員会の行った聴取記録(供述記録など)については、民事訴訟における証人尋問で証明可能でないもの(供述者が証人として出廷できない場合など)に限り開示を認めるべきである。

 と考えます。
 ともあれ、人権委員会の収集した資料の謄写閲覧に関する規定については、もっと慎重な議論を重ねることが必要です。
 次回は、人権委員会が直接訴訟行為を行う場合(訴訟参加)について考えます。

(なんだかもう、総論的にも各論的にも論じるべき点が多すぎる気がするんですが。)
(3/22 18:30一部加筆しました)

人権擁護法案と男女雇用機会均等法(人権擁護法案検討メモ―番外編その3)

 前回は、人権擁護法案に定められた「勧告」「公表」制度について、男女雇用機会均等法(以下 均等法という)の「勧告」「公表」規定を手がかりにして考えてみました。均等法を取り上げたのは、差別禁止立法であること、報告の徴収並びに助言、指導及び勧告という、法的拘束力を持たない指導を中心とした制度であること、調停という(弱いながらも)準司法機関としての性質を有しているなど、人権擁護法案と類似する部分が多く見られるからです。
 そういう観点から、今回は均等法を概観してみて人権擁護法がどんな感じの運用となりそうなのか、考えてみようかと思います。

<均等法の概要>

非常に簡単にまとめると、
1.差別の禁止
原則として、雇用の分野(採用・待遇・退職など)において男女の区別をつけることは差別として禁止される。(第5条〜第8条)
例外的に区別が認められるのは
・妊娠・出産等母性に由来する場合(第8条、第22条など)
・炭鉱労働、守衛など、業務の性質上均等な機会を与えるのが困難な場合
・女性労働者が男性労働者に比べ相当程度少ない(おおむね4割未満)場合(第9条)
に限られる。
2.国の行う措置等
都道府県労働局長は、当事者の求めに応じ女性労働者―事業主間の紛争について解決に向けての助言、指導または勧告をおこなうことができる。(第12条)
厚生労働大臣は、労働者からの申し立て、第三者からの情報、職権などに基づき、均等法の施行に関して必要があると認めるときは、事業主に対して、報告を求め、または助言、指導、勧告をすることができる。(一部を除き都道府県労働局長に委任)(第25条)
厚生労働大臣は、募集・採用、配置・昇進・教育訓練、福利厚生、定年・退職・解雇についての規定に違反している事業主に対し、法第25条による勧告をし、その勧告を受けた事業主がこれに従わなかったときは、法違反の速やかな是正を促すために企業名の公表という社会的制裁措置を講じることができる。(第26条)
・国は、事業主が雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保の支障となっている事情を改善するための措置を行おうとした場合に、相談その他の援助をおこなうことができる。(第20条)
3.調停機関の設置(第13条〜第19条)
 都道府県労働局長は、女性労働者と事業主との間の紛争について、関係当事者から調停の申請があった場合において紛争解決の必要があるときは、機会均等調停委員会に調停を行わせることができる。調停開始の要件は、関係当事者の一方から申請があれば調停ができるものとする。

<均等法の運用状況>

 「平成14年度男女雇用機会均等法の施行状況」(雇用均等・児童家庭局)*1によりますと、平成14年度の各都道府県雇用均等室への相談は18,182件となっています。このうち女性労働者からの相談が71.7%、事業主からの相談が28.3%です。相談内容の内訳を見ると、セクシュアルハラスメント関係が42.3%、母性健康管理関係が18.1%、募集・採用関係が10.9%、定年・解雇関係が6.4%などと続いております。
 次に、均等室が行った是正指導(第25条関係)は5,448件で、内訳はセクハラ関係が4,975件(91.3%)ともっとも多く、続いて募集・採用関係が259件(4.7%)、配置・昇進関係が125件(2.2%)、福利厚生関係が64件(1.1%)、定年・解雇関係18件(0.3%)、母性健康管理7件(0.1%)と続きます。
なお、勧告に従わなかったときの企業名の公表措置は、実施が確認されておりません。
 また、雇用均等室がおこなった機会均等調停会議による調停(第14条関係)は11件で、配置に関するものが8件、昇進に関するものが1件、定年・解雇をめぐるものが2件となっており、うち調停案の受諾により解決にいたったものが8件、次年度へ繰り越されたものが3件となっています。

 第25条に基づく是正指導(助言・指導・勧告)は、そのほとんどが相談を端緒としていると推測できますので、相談件数のうち約3割について相手方に対し何らかの指導が行われているといってほぼ差し支えないと思います。これは、事件として取り扱われるのが相談件数の5.2%に過ぎない人権侵犯事件と大きく異なります。もっとも、人権擁護局への人権相談は多岐にわたるものと想像されますので、相談の段階で非公式に専門相談機関を紹介しており、その結果申立受理率が低くなっているのではないか、と考えられます。

 ところで、人権擁護法案所定の勧告が提訴の前段階として位置づけられるものであるのに対し、均等法所定の各種是正指導は必ずしも提訴が後続するとは限らないため、制度として完結していると考えられます。均等法に基づく勧告の公表が実施された例は今のところ見当たりませんが、これは事業主が公表を恐れて指導に従っているからか、それとも行政が抑制的に制度を運用しているからなのかは不明です。是正指導(公表含む)の実施/不実施の当不当について裁判で争われた例は現在のところ見当たりません。

 ここで私が注目したいのは「調停利用率の低さ」です。平成9年の改正により、調停制度について一方当事者からの申請により調停を開始することができるようになっていますから、紛争の相手方が調停への参加を拒んでいることが低調な調停利用率の理由とは考えにくく、申立人が調停による解決よりも是正指導の発動を求めているからと考えるほうが自然であるように思います。
 それにしても、調停がたったの11件というのは少なすぎます。このことは、制度利用者が調停による解決より一方的勧告を望むということだけでなく、行政も調停の開始を敬遠しているとでも考えなければ説明がつきません。これは証拠によって明らかに出来るものではありませんが、そのことを推測させるエピソードを2例書き留めておきます。

【調停の不開始決定が裁判で争われた事例】
「住友電工事件」
住友電工(本社・大阪市)の女子社員2名が「女性であることを理由に昇進等で不当な差別を受けた」として、同社と国を相手に男性との賃金の差額分などの支払を求めた訴訟です。2003年12月24日大阪高裁において和解しました。この事件での国への請求は、調停の不開始を決定したことに対する慰謝料です。一審・大阪地裁は、「差別を禁じた憲法の趣旨に反するものの、採用段階で公序良俗に反したとはいえない」とし、原告の請求を全面的に棄却していましたが、二審・大阪高裁は住友電工に対し「2人の昇格」「解決金の支払」を、国に対し「厚労相による男女差別解消に向けての施策推進の約束」をそれぞれ約束させることで和解を成立させました。
【利用者(代理人)から見た機会均等調停】
「東京女性少年室・東京機会均等委員会は手一杯」
 うがった見方かもしれないが、現在の東京女性少年室、東京機会均等調停委員会は「そんなに大勢の女性労働者に救済を求めてこられても困る」というモチベーションから消極姿勢なのではないか、と思わざるを得ない。昨年五月に東京女性少年室機会均等指導官も「現在の東京女性少年室の人員は、室長から事務員まで総勢一〇名しかいない。そのうち均等法違反の企業を指導する立場の『機会均等指導官』は二名しかいない。室としても人員補充を望む。」と語っていた。何度も同じことを言うようだが、室長以下少ない人員で体制で、実際に、東京全体の、それも雇用の全ステージにおける女性差別を指導し女性労働者の救済機関であれ、というのも大変なことでしょう。政府・労働省が「均等法を改正しました!」と大宣伝するのであれば、それなりの体制を整えるべきではないか。調停にしても、調停委員が本当に三名しかいないのであれば、全くのところ、多くの女性労働者が素朴に『機会均等調停を申請して救済を求めよう』と考えたら、調停委員会はすぐにパンク必至だ。労働省女性局が本当に、女性労働者を救済する観点から機会均等調停委員会という制度を均等法で設置してしているのであれば、人選の充実と適性の確保は不可欠であり、この点が改善されなければ「実効性のある救済機関」に遠く及ばない。(自由法曹団 大森夏織弁護士「JAL客室乗務員・男女昇格差別調停のご報告」*2より抜粋)

<まとめ>

 以上のことから推測されるのは次のとおりです。
 制度利用者は雇用均等室を準司法機関(調停機関)としてではなく監督機関として捉えており、調停による柔軟な解決を導く場としてよりもむしろ相対交渉を有利に運ぶための権力資源となる行政指導を引き出す装置として用いられる。
 また、人的資源の限られている雇用均等室は、運営コストがかかる調停によってではなく、簡便だが実効性の低い是正指導を行うことによって利用者のニーズに対応しようとする。
(なお、相談数のうち約3割が雇用者であることも興味深いです。人権擁護法も、みなさんが予想している以外の人々による制度利用、例えば“逆差別”による損害を蒙ったと主張する人々の制度利用があるかも知れません。)

 均等法と類似した部分の多い人権擁護法も、おそらく上記のような運用になるでしょう。人権委員会を考える際には、準司法機関という側面よりも監督機関あるいは訴訟援助機関としての側面を掘り下げて検討したほうがよさそうです。
 というわけで、次回は「人権委員会の訴訟援助」について、書きたいと考えています。

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