再開

 一身上の都合から、日記の更新及びコメント欄管理がままならなくなりましたので、一時休止しておりましたが、本日よりぼちぼち再開したいと考えております。

 さて、休止中には総選挙があったりイラク派遣延長があったり教団改名があったりと、なかなか慌しかったのですが、ここでは「井上薫判事不再任問題」について少し考えたいと思います。

はじめに

 ええと、まず、本稿ではとりあえず井上判事に対する評価は行いません。では、何を考えるかといいますと、

 「判事不再任って、なに?」

という点についてです。

下級裁判所裁判官諮問委員会

 まず確認ですが、下級裁判所の裁判官の任命は,最高裁判所が指名した者の名簿によって内閣が行うこととなっています(憲法80条1項)。
 で、この「最高裁が指名した名簿」に登載すべきか否かについて検討し、その結果を最高裁に答申するのが、平成15年度から設置された「下級裁判所裁判官指名諮問委員会」(以下「諮問委員会」という。)です。
 ところで、最高裁による判事(補)指名は、この諮問委員会答申に必ずしも拘束されるものではありません。このことは、諮問委員会規則4条において、「(諮問)委員会が指名することは適当ではない旨の意見を述べた指名候補者を指名したとき」は「その決定の理由をも委員会に通知する」と規定されていることからもわかります。

 さて、今回の諮問委員会による「再任不適当」の答申ですが、これは前述のとおり単なる「意見」であり最高裁の判断を拘束するものではありませんので、取消訴訟や不服審査の対象にはなりえないと考えられます。では、その答申を受けておこなわれる最高裁の「判事指名簿不登載措置」はどうでしょうか。

「名簿不登載」は処分か

 最高裁は、いわゆる宮本判事補再任拒否事件において、宮本判事補がおこなった判事指名簿不登載処分の取消を求める異議申立を「判事指名簿に登載しなかったことは、行政不服審査法に基づく異議申立ての対象となる行政庁の処分にあたらない」として却下しています*1
 「判事指名簿に登載しないこと」が行政庁の処分に当たらないことの理由について最高裁は(井上判事ばりに)何も述べてくれていません。したがって、「処分にあたらない」ことについてのハッキリした根拠は不明です。
 根拠は不明ですが、おそらく、「最高裁による判事指名簿登載/不登載行為は、内閣のおこなう判事任命の前段階であり、最高裁内部の意思決定に過ぎず、法律上の効果を有するものではない」といったところではないかと推測します。
 しかし、再任指名は内閣を拘束し、内閣はそれを尊重して再任を行わなければならないので、再任指名行為は再任行為を待つまでもなく、相手方の具体的権利義務の変動を及ぼすものとして解することができるのではないかと思われます。相当程度の確実さをもって保険医療機関の指定が受けられなくなることを理由として病院開設中止勧告の行政処分性を認めるなど*2、近年最高裁は処分性の有無について広く解する方針を維持しているようですが、「判事指名簿不登載」の処分性についてどのような判断を示すのか、興味深いところです*3

「被告:最高裁」?

 さてさて、このまま井上判事の名前が再任指名簿に登載されず、これを不服とした井上判事がトコトン法廷闘争に出たときどうなるのでしょう。もしも本件が訴訟となり、最高裁にまで持ち込まれたときには、当然「除斥・忌避」の問題が発生します。

 「除斥・忌避」とは、具体的な事件において裁判官が事件あるいはその当事者等と特別な関係がある場合に、その裁判官を個別事件の職務執行から排除することによって、裁判の公正を保ち、更に進んで、裁判の公正について国民の信頼を得るために定められた制度です。
 除斥(民訴23条)は、一定の事実(除斥原因)があれば、裁判官が法律上職務の執行から当然に排除されるとするものです。この除斥原因には、

1 裁判官又はその配偶者若しくは配偶者であった者が、事件の当事者であるとき、又は事件について当事者と共同権利者、共同義務者若しくは償還義務者の関係にあるとき。
2 裁判官が当事者の4親等内の血族、3親等内の姻族若しくは同居の親族であるとき、又はあったとき。
3 裁判官が当事者の後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人又は補助監督人であるとき。
4 裁判官が事件について証人又は鑑定人となったとき。
5 裁判官が事件について当事者の代理人又は補佐人であるとき、又はあったとき。
6 裁判官が事件について仲裁判断に関与し、又は不服を申し立てられた前審の裁判に関与したとき。

 の6つが列挙されています。

 「忌避」(同24条)は、当事者の申立てに基づき、除斥原因がなくても裁判の公平を妨げるような事情がある時に、裁判によって裁判官を職務執行から排斥できるとするものです。ここでいう「裁判の公正を妨げるべき事情」とは、「通常人の目からみて不公正な裁判がなされるのではないかとの懸念を抱くに足りる客観的な事由をいう」とするのが通説です*4。この「不公正な裁判がなされるのではないかとの懸念」は、そのような懸念を生じさせる客観的事由の存在が認められれば、現実の不公正の存在を問わず、忌避原因があることになります*5

 判事指名簿への登載/不登載の決定は最高裁判所裁判官会議の議決によりますから、処分庁と当該訴訟の終審裁判所とが(観念上は別個といい得るとしても事実上は)同一ということになるわけで、少なくとも不登載決定に関与した最高裁判事には、除斥原因ないし「裁判の公正を妨げるべき事情」が存在すると考えることができるように思われます。
 もっとも最高裁は、地家裁支部の廃止を定めた最高裁判所規則の取消を求めていた上告人が、当該最高裁規則の制定に関与した裁判官の忌避を申し立てた事件につき、

「本来、最高裁判所最高裁判所規則を制定するとともに、これをめぐる訴訟の上告事件を担当することは、現行司法制度上予定されているというべきであり、そうであれば、同訴訟において、同規則の制定に関する裁判官会議に参加したということを理由に、同会議に参加した最高裁判所の裁判官について民訴法三七条一項に基づき忌避の申立てをすることはできないと解するのが相当である。」

 として、その忌避申立を却下していますので*6、本件が最高裁に持ち込まれたとしても、判事指名簿不登載を決めた判事が除斥/忌避されることはないだろうと推測されます。

「不再任」でよかったのか

 どうも私には、井上判事に本当に報道されているような事情(理由不備を繰り返しているなど)があり、それが看過できないほどであるというのであれば、再任/不再任の問題とせず弾劾の対象として取り扱うべきであったのではないかと思われるのですが、どんなもんでしょうかねえ(あるいは今後の課題として、不再任に対する不服審査を弾劾裁判所が行なうものとするよう法改正をおこなうとか)*7

 本件は井上判事の個性を強調した報道がなされておりますが、今年は井上判事のほかに3名の不再任(予定)者がいらっしゃるようですし、昨年、一昨年においても複数の判事(補)が再任不適当の答申の対象となっています。その方々が一体どのような理由で「不再任が適当」とされたのか、不再任の答申に至るまでにどのような審議がおこなわれ、当事者に充分な弁明の機会が与えられていたのかなどほとんど明らかにされず、不再任の実績だけが積み重なっていく状況は、あまり健全とはいえないように思われましたので、こうして取り上げたみた次第です。

*1:最決昭和46年9月8日

*2:最ニ小判平成17年7月15日

*3:ところで井上判事は12月21日声明を発表なさり、その中で「内閣は憲法上、最高裁の判事指名簿に登載されない者であっても判事に任命できる」と主張なさっておられるようです。それはそれで一つのご見解ですが、最高裁による再任指名行為と内閣による再任行為を切り離してしまうのは、憲法80条1項の趣旨に照らして無理があるように思われます。

*4:新堂幸司・小島武司編『注釈民事訴訟法』330頁

*5:畦上英治「忌避試論」『法曹時報』13巻1号15頁

*6:最決平成3年2月25日

*7:もっとも、不再任の要件を厳格にしすぎると、じゃあ何のために10年毎の任期制をとっているのか、という疑問が出てきます。