アレフ信者転入届不受理事件は“差別問題”か

はじめに

 最近よく拝見しているブログ「世界の中心で左右をヲチするノケモノ」で、管理人であるplummet氏が次のようなコメントを残しておられました。

plummet氏
差別の例は、ようするに「人を見て判断しない」ことにポイントがあるのだと個人的には解釈しています(ただし歴史的なものではなく、現代の我々の立場からした解釈)。要するに、一部の「少数派」集団の、さらにごく少数だけをサンプルに、その集団全体を断じるような行為ですね。感覚として。
 多数のサンプルがあって、「明らかにおまいらおかしくね?」と言えるなら、ある程度「合理的」と言えるかもなぁ、という。ただし、その国で生活するのに最低限度必要なサービスでは、その合理性の壁は高くなると思いますけども(例・オウム(アーレフ)信者の住民票受理・不受理)。

 アレフ信者が提出した転入届の受理を拒否した自治体の行為は、数多くの裁判で「違法」と認定されています(最一小判平成15年6月26日、名古屋高判平成14年10月23日、大阪地判平成14年11月7日、さいたま地判平成15年1月22日など)。
 しかし、裁判所が転入届不受理処分を違法としたのは、アレフ信者の人権を重視したからなのでしょうか。
 これについて検討するために、「アレフ信者の転入拒否をめぐる紛争」の推移について、少し整理してみたいと思います。

“合法性”と“民意”の間で

 では、世田谷の事件(住民票消除処分の執行停止決定をめぐる紛争)を例にとって、少し順を追って見てみましょう。*1

 紛争の発端は、暮れも押しせまった平成12年12月19日のお昼休みの出来事からでした。

 宗教団体アレフアレフ)の信者13名は、平成12年12月19日午後0時ころから0時20分ころまでの間に、世田谷区内の12の出張所において、ほぼ同時に、かつ、分散して、世田谷区南烏山<番地略>所在の甲マンション又は世田谷区南烏山<番地略>所在の乙マンション(以下、本件各マンションという)に転入したとして、世田谷区長に対し転入届を提出した。
 各出張所の担当者は、各転入届に基づいて、同日、各人の住民票を調製して、住民基本台帳法への記録を行った。
 このうち経堂出張所の担当者は、ほぼ同一時刻に、二名のものが別々に、甲マンションへの転入届をしたことに疑問を抱いて調査したところ、上記のとおり、他の11箇所の出張所でも同様の転入届がほぼ一斉に行われていることが判明した。そこで、転入先を管轄する烏山総合支所の職員が同日午後3時45分ころ、確認のために本件各マンションを訪れて、マンション所有者から事情を聴取した結果、アレフとの間で賃貸借契約を結んで、その信者を各マンションに居住させる計画であり、すでに数名が転居してきているほか、今後も居住者は増える予定であることが判明した。

 この出来事に対し、世田谷区の対応はすばやいものでした。

 そのため、世田谷区長は、本件各マンションがアレフの教団施設となる蓋然性が高いと判断して、同年12月21日、区長を本部長とする「世田谷区オウム真理教(現アレフ)対策本部」を設置するとともに、オウム真理教の信者からの転入届については拒否する旨定めた平成11年9月9日付のオウム真理教に対する基本方針に従って、信者らについての住民票の調製はこれを無効のものとして取り扱うこととし、これを破棄して住民基本台帳の記録から抹消するとともに、各転入届を不受理扱いすることを決定した。
 そして、平成12年12月22日、世田谷区の職員らが、本件各マンションを訪れて、在室した者に対して上記決定をした旨口頭で告知し、同月25日にはあらためて13名全員に対して無効等通知文を郵送した。

 世田谷区内には以前オウム真理教の教団施設が存在していたこともあり、かねてより

  1. 転入届を受理しない
  2. 区の管理する施設を利用させない

ことなどを中心とする「オウム真理教に対する基本方針」を定めておりましたので、これに従い上記のような対応をとったわけですが、当の世田谷区はこの「転入届不受理(ないし住民票消除)」をどのように考えていたのでしょうか。この事件の前年である平成11年10月15日の世田谷区決算特別委員会の議事録を見てみましょう。

平成11年  9月 決算特別委員会−10月15日-08号
◆荒木 委員 
 よその区では転入届不受理ということを打ち出しているということですが、区の取り組みはどのようになっておりますか。
◎宮崎 総務部長
 今お話がありましたように、各自治体で今、オウム真理教対策ということで大変頭を痛めているような状況もございます。世田谷区におきましても、既に明らかにしておりますように、転入については拒否をしていく、施設の利用等について申し込みがあった場合にも、これは貸し出しをしないというようなことを方針として決めております。
 一連の裁判等でも明らかになっておりますように、大変人権を無視した、そして残忍な行動を繰り返してきた団体ということでございますので、こうした団体が、例えば世田谷区内に活動拠点を設けるというようなことになりますと、住民の不安というものは大変なものであろうというふうに思います。そうしたことを未然に防ぐという意味で、いろいろな法律的な問題等はあるわけですけれども、区としてこういうふうな対応をしてきております。
 現在、こういうふうなことにつきまして、自治体の中ではいろいろ手詰まり状態というような状況もございまして、国には実際にもう動きが出ているようですけれども、国政レベルで何らかの対応をしていただけたらというふうにも考えております。
◆荒木 委員
 どの人がオウムでどの人がオウムじゃないか、ちっともわからないような状況の中で、団体はわかるかもわかりませんが、それを不受理、貸さないということの仕分けは非常に難しいことだろうと思いますけれども、ひとつ粘り強く、区民が安心できるようにやっていただきたいなとお願いをしておきたいと思います。

「いろいろな法律的な問題等はあるわけですけれども」「自治体の中ではいろいろ手詰まり状態」といった総務部長答弁からわかりますように、区は、転入拒否や施設利用拒否などといった対応が「違法にあたるのではないか」という疑念を拭い去れておりませんでした。
 いや、もっと言えば、世田谷区は「転入届の受理を拒めば違法と見做される見込みが極めて高い」と考えていたはずです。なぜなら、この答弁が行われる約6年前の平成5年、オウム真理教信者の転入届の不受理の当否が争われた事件で熊本地裁は「現に転入地に居住し転入地を生活の本拠としている以上、(中略)その余の事情を斟酌することなく転入届を受理すべき」であると判示し、転入届の受理を拒んだ自治体側の主張を全面的に退けていたからです(熊本地判平5・10・25日)。

 自治体は、“合法性の貫徹”を優先するならばアレフ信者の転入を認めざるを得ない、さりとて「住民の安全、住民の不安払拭」という“民意の実現”を捨て去ることもできないというジレンマに立たされておりました。

「公共の福祉」の内実をめぐって

 自治体の首長や地方議会の議員が自らの立場を「住民から直接選挙によって選出された存在」であると正しく理解している以上、“民意の実現”をあきらめて“合法性の貫徹”を選ぶ決断を行うのは、容易なことではありません。自治体は、圧倒的多数の住民が強く要望するものであれば、たとえ司法によって違法と認定される見込みが高いと認識していてもあえて“民意の実現”に沿った行動をとることも可能性としては否定できませんし、実際に世田谷区をはじめとする多くの自治体は、アレフ信者の転入届について(違法と認定されるであろうことを承知した上であえて)不受理としたのです。

 「アレフ信者の転入届に対しては受理を拒む」旨の方針を定めた自治体は全国で110を超え、実際に11自治体が延べ141名の信者に対して転入届の受理を拒み、これを不服とする信者らから不受理処分の取消を求める訴えが提起されました。

 この事態に対し、国はどう考えていたのでしょうか。
 次の国会答弁をご覧下さい。

 第145回 参議院地方行政・警察委員会 (平成11年7月29日)
○魚住裕一郎君 
(略)
 日本国じゅうどこの公共団体も受け入れ拒否ということになったら、まさにたらい回しというか、海外に出ていけとしか言えないような状況になってしまう。村八分でも人権侵害だけれども、海外追放みたいな形になるとさらに大きな問題になるんではなかろうか。
 私も、この点について制度のあり方も含めて種々どうやればうまく解決できるのか、またオウム関連の問題についてどうすれば地元の地域住民の方々の不安を抑えながら解決できるのか悩んでいるところでございますが、いまだに私自身もいい解決策が思い浮かばないところでございます。
 この不受理の案件につきまして、自治省としてどんな対応をされておられるのか、ちょっとそこのところを御説明いただきたいと思います。大臣、よろしくお願いします。

国務大臣野田毅君)
 御指摘のとおり、大変悩ましい事件であることは事実でございます。
 今、具体的にそれぞれ三和町あるいは大田原市において転入届の不受理を決定し、それぞれ異議申し立てがなされ、それに対する棄却、その結果、三和町に関連しては茨城県に審査請求書を提出した、大田原市の方は、不受理の決定の結果、異議申し立てが行われているという今状況にあるわけです。
 この異議申し立てに対する判断あるいは却下の判断というのが、居住の自由について憲法第二十二条においては「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」ということを述べ、同時に地方自治法第二条第三項第一号において地方公共団体の事務として「地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること。」、こう書いてある。したがって、地域住民の不安や地域秩序を理由に不受理としたのである。町では、これはかつて凶悪事件を起こした団体で、かつその後においても根本的脅威をなお維持している団体に所属する者の転入届である、こういうかなりそれなりの論拠を明らかにしながら述べておられるわけで、憲法で言う公共の福祉に反しない限りという趣旨をどういうふうに解釈するかということは別問題として、いろいろ自治体において本当に考えて、苦労しながらこの問題を取り扱い、そういう御判断をされたものだと考えております。
 この点で自治省として、確かに住民登録という制度そのものからすると大変悩ましい問題でありますが、一方で住民あるいはその意向を受けた自治体がじゃ素直に転入届を受理していいのかということになると、なかなかそうはいかないというせっぱ詰まっている状況もわからぬではないんで、率直に言ってこのあたりは自治省としても悩ましいことであるというふうには思っております。
 いずれにしても、これは本当は政府だけでできるのかどうか、今超党派で、国政全体の中で党派を超えていろいろオウムに関連する取り扱い、破防法の適用あるいは改正、いろんなことを含め、今御指摘の問題をも含めてどう対応するか。本当は国の方においてきちんとした方向性を出してあげなければ、地元自治体としては自分たちだけではどうにもならぬというせっぱ詰まった環境にあるというふうに私は認識しておりまして、そういう中でのやむにやまれぬ判断の結果であるというふうに考えておりますので、ここは私どももいろいろ知恵を出していきたいと思いますが、ぜひ先生方におかれましても、この問題を単に行政サイドの問題だということだけではなくて、やっぱり立法府においてどう対応するかということもあわせて、一緒になって本当にきちんとした対応ができるようによろしくまた御指導もお願いを申し上げたいと思います。

○魚住裕一郎君
 先ほど申し上げましたように、私もその点本当に、これはオウムの問題というよりも、今の質問の趣旨は、住民基本台帳のあり方論としてずっとお聞きした次第でございますが、一緒になって悩んで何とか解決を図りたいと思うんですが、ただ、そうなりますと住民基本台帳に記載のない住民というか国民というか、公共の福祉の関係でその存在を自治省は許しているというふうに理解していいんですか。

国務大臣野田毅君)
 許しているということではございませんので頭が痛いと実は申し上げたわけでございます。
 やはり日本人である以上、少なくとも国内のどこかの市町村に住所を持ち、海外に行かない限りどこかで住民登録が行われるというのは当然の私は姿であると思っています。
 そういう点で、転出届だけが受理されて転入届が受理されないということでは困るので、転出届も受理されないということであるならばまたこれはこれで一つの考え方だと思うんですが、そういったところをどういうふうに整理するか、ちょっと勉強させていただきたいと思っております。

 ずいぶん長い引用になってしまいましたが、要するに国は

 「どこの自治体の住民基本台帳にも記載されていない国民の存在を国は許していない。従って、転入届の不受理処分は法の趣旨にも公共の福祉にも反する」

と考えていたということです。(しかしまあ、歯切れの悪い答弁ですね。)

 自治体は、「アレフ信者の集団転入阻止」こそが“民意”であり、それを実現することが自らに課せられた責務だと考えていました。国は、「どこかにアレフ信者を引き受けさせざるを得ないのであって、自治体による転入拒否は許されるべきではない」と考えていました。そしてアレフ信者は、居住・移転の自由は自らに認められるべき権利だと考えていたのです。

 “国家レベルでの公共の福祉”と“地域レベルでの民意の実現”との乖離によって生じた「転入拒否問題」は、アレフ信者の提訴によって法廷に持ち込まれることになりました。

 この事件を“地域レベルでの民意の実現”と“国家レベルでの公共の福祉”の対立として捉えた裁判所は、当然“国家レベルでの公共の福祉”を優先させました。実際、数多くの訴訟で自治体側敗訴の判決が下されたわけですが、ここでは最高裁判決の判決理由を見てみることにします。

 住民基本台帳法に関する法令の規定及びその趣旨によれば、住民基本台帳は、これに住民の居住関係の事実と合致した正確な記録をすることによって、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民の事務の処理の基礎とするものであるから、市町村長(地方自治法252条の19第1項の指定都市にあっては区長)は、住民基本台帳法(以下「法」という)の適用が除外される者以外の者から法22条(平成11年法律第133号による改正前のもの)の規定による転入届があった場合には、その者に新たに当該市町村(指定都市にあっては区)の区域内に住所を定めた事実があれば、法定の届出事項に係る事由以外の事由を理由として転入届を受理しないことは許されず、住民票を作成しなければならないというべきである。
 所論は、地域の秩序が破壊され住民の生命や身体の安全が害される危険性が高度に認められるような特別の事情がある場合には、転入届を受理しないことが許される旨をいうが、実定法上の根拠を欠く主張といわざるを得ない。
 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することはできない。
(最一小判平成15年6月26日 判時1831号94頁)

 この判決理由を読めば、最高裁アレフ信者の人権(居住・移転の自由)に一切触れておらず、あくまでも「住民登録の統一的処理」という国家秩序の回復(=国家レベルでの公共の福祉)に重きを置いていたことがよくわかります。

まとめ

 以上、「アレフ信者に対する転入拒否」について述べてまいりましたが、まとめとしては

 地域共同体の危機に際して、自治体は後に司法によって違法とされることを充分認識した上で、あえて“民意”に忠実な措置をとることがある*2アレフ信者の転入を拒んだ自治体の行為は、まさにそうした“民意”を優先した結果であった。
 このような措置をめぐる紛争は、「公共の福祉」や「正当事由」といった“一般条項”の解釈をめぐる争いとして法的紛争に転化し、裁判所に持ち込まれることになる。
 自治体敗訴判決は、国家機関である裁判所が自治体の主張する「公共の福祉」よりも国家というさらに大きな共同体にとっての「公共の福祉」を優先した結果であり、アレフ信者の居住・移転の自由を考慮したものではなかった。

 ということになるのではないかなあと思います。

*1:以下の事実関係は、東京地決平成13年2月16日にしたがっています。

*2:同じような事例として、「沖縄県知事による代理署名拒否」や「行政指導に従わなかったマンションに対する給水拒否」などがあります。