人権委員会の勧告は、公法関係確認訴訟で争えるか

 前回のエントリー

「やはり本年4月に施行された改正行政事件訴訟法、とりわけ「公法関係確認訴訟」がどの程度活用できるかを見極めることが必要となるのですが、本法案の法務省修正案にみられる「異議の要旨を併記する」ようなスタイルの「行政指導(勧告)」が、果たして「当事者間の法律関係に何らかの影響を及ぼすもの」と司法に評価されるのか、疑問を抱いています」

と述べたところ、bewaadさんから次のようなお答えをいただきました。いつもながら懇切なご回答をいただき、ありがとうございます。

この条文(引用者注:改正行訴法第4条)は「当事者訴訟」=「当事者間の法律関係を確認し又は形成する処分又は裁決に関する訴訟で法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの」+「公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟」と解すべきなので、「本法案の法務省修正案にみられる『異議の要旨を併記する』ようなスタイルの『行政指導(勧告)』が、果たして『当事者間の法律関係に何らかの影響を及ぼすもの』と司法に評価され」なくてもよいわけです。

訴えの利益ですが、特別救済措置の名宛人になるということは、同時に第3条に違反した状態であるという認定がなされているということになりますから、もちろん第3条違反には罰則等はなく物理的な損失は生じないわけですが、法的なステイタスとして第3条の禁止規範に反しているかどうかの確定は意味があるのではないかと思う次第です。

 しかし私には、このbewaad氏のご見解に従えば「確認の利益」が広くなりすぎるのではないかと思われるのです。

 「確認の利益」は、

  1. 原告の法律上の地位に不安ないし危険が現に生じており(即時確定の利益)
  2. それを除去する方法として、原告・被告間で確認請求の対象たる権利または法律関係の存否について判決することが有効適切な場合に認められる(確認対象および訴訟形式の適切性)

ものとされています(最二小判昭和35年3月11日)。
 人権委員会の勧告は、当事者間の訴訟の中で事実上尊重されることはあっても既判力を及ぼすようなものではないため、結局のところ「単なる意見の表明」に過ぎません。ですから勧告それ自体が名宛人の法律上の地位に不安や危惧を生じさせるものと評価される可能性は低く、やはり勧告に後続する「公表」の効果に「確認の利益」を見出していくべきだろうと思うのです。

 さて、最高裁は長野勤評事件(最一小判昭和47年11月30日)で行政訴訟における「確認の利益」について次のように判示しています。

 義務違反の結果として将来何らかの不利益処分を受けるおそれがあるというだけで、その処分の発動を差し止めるため、事前に右義務の存否の確定を求めることが当然に許されるわけではなく、当該義務の履行によって侵害を受ける権利の性質及び侵害の程度、違反に対する制裁としての不利益処分の確実性及びその内容または性質等に照らし、右処分を受けてからこれに関する訴訟のなかで事後的に義務の存否を争ったのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とするような特段の事情がある場合は格別、そうでないかぎり、あらかじめ右のような義務の存否の確定を求める法律上の利益を認めることはできない。

 人権擁護法案には、勧告の名宛人が当該勧告に従わなければ意見聴取を経て公表に到ると明記されているのですから(同法案第61条)、「不利益処分の確実性」については問題なく認められるでしょう。しかしその前に検討すべきなのは「勧告の公表」が不利益処分にあたるかどうかです。たしかに「公表」によって人の名誉や信用が毀損されるおそれがあることは明らかですので、不利益処分にあたるとされても全く不思議ではありません。
 しかし、「名宛人による異議の要旨を併記した上での公表」(同法案の法務省修正案)となるとどうでしょうか。

 「名宛人による異議の要旨をも併記した上での公表」を考えるうえで参考になると思われるものに、海難審判における「勧告裁決」があります。
 海や湖で起こった事故(海難)については、海上保安庁や警察、検察庁による捜査などとは別に、海難審判庁による調査や審判(海難審判)が行われることがあります。海難審判の対象となる者のうち海技免状を持っている乗組員や水先人は「受審人」、海技免状を持たない乗組員や船舶保有者、設計者等は「指定海難関係人」と呼ばれます。

 海難審判庁は、裁決を以って海難の原因が明らかにするのですが(原因解明裁決。海難審判法第4条第1項)、その海難が受審人や指定海難関係人の故意・過失による場合、受審人に対して業務の停止等の行政処分を行ったり(懲戒裁決。同条第2項)、指定海難関係人に対して是正措置を求める勧告を行ったりすることがあります(勧告裁決。同条第3項)。また勧告裁決については、勧告書の全文又はその要旨を官報及び高等海難審判庁長官の指定する新聞紙に掲載して公示されることとなっています(同法第62条第3項)。

 そして、海難審判法は「理事官又は受審人は、地方海難審判庁の裁決に対して、命令の定めるところにより、高等海難審判庁に第二審の請求をすることができる。」(同法第46条第1項)、「補佐人は受審人のため、独立して第二審の請求をすることができる。但し、受審人の明示した意志に反してこれをすることはできない。」(同条第2項)と規定し、理事官、受審人、及び受審人のためにする補佐人に第二審請求権を認めています。
 しかしながら指定海難関係人については、「勧告を受けた指定海難関係人は、理事官に弁明書を差し出すことができる。」(同法施行規則第77条第1項)、「理事官は、裁決確定の後前項の指定海難関係人の請求があつたときは、その弁明書を公示しなければならない。」(同条第2項)と規定するにとどまり、第二審の請求や取消訴訟等の提起ができるとは認めていません。

 このことは、

  1. 「海技従事者及び水先人を懲戒する裁決以外の裁決は、たとえ裁決中において指定海難関係人に対して不利な事実が認定されていてもそれは海難原因を明らかにするための一種の事実確認にすぎず、指定海難関係人等の権利又は法律上の利益を侵害するものではない」(最大判昭和36年3月15日
  2. 「反論の機会が与えられている以上、一方的な情報開示ではないのだから、風評被害という不利益は生じない。従って勧告裁決の公示は不利益処分と見做さない」

ということを示しているのではないでしょうか。

 そうであるならば、「異議・反論を併記するスタイルの公表は不利益処分にあたらない」ということになり、類似の制度である「人権委員会の勧告(法務省修正案)」に対する違法確認訴訟の途も閉ざされているのではないか、と思うのです。

 以上見てきましたことから、やはり

  1. 人権委員会の勧告は、それ自体では国民の具体的権利義務に影響を及ぼすものではないため、確認訴訟の対象とはなりえない。
  2. 勧告の公表まで含めて考えたとき、公表を不利益処分と捉えることで勧告に対する違法確認訴訟を認める余地が生まれてくるだろう。
  3. 勧告の公表にあたって異議の要旨を併記するとした法務省修正案では「公表の不利益処分性」が否定され、その結果勧告に対する違法確認訴訟がより認められにくくなるのではないか。

 という結論にたどり着くのですが、いかがなものでしょうか?