人権委員会が収集した資料の閲覧謄写(人権擁護法案検討メモ―番外編その4)

<はじめに>

 前回(人権擁護法案検討メモ―番外編その3)では、男女雇用機会均等法の運用状況から、人権擁護法案に基づく人権委員会が調停を中心とする準司法機関としてよりも、「行政指導」という“相対交渉を有利に運ぶためのお墨付き”を発行する機関として機能するだろう、ということについて述べました。
 また、この「行政指導」は、放置すれば民事訴訟が後続すること、その民事訴訟に国が原告となる(あるいは原告の補助参加人として参加する)ことについて警告するものであるらしいということがわかりました。そこで今回は、法案における訴訟に関連する規定のうち、資料の閲覧及び謄写について少し述べたいと思います。

人権委員会が収集した資料の利用>

(資料の閲覧及び謄抄本の交付)
第62条第1項
 人権委員会は、第六十条第一項の規定による勧告をした場合において、当該勧告に係る特別人権侵害の被害者若しくはその法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、人権委員会保有する当該特別人権侵害に関する資料の閲覧又は謄本若しくは抄本の交付の申出があるときは、当該被害者の権利の行使のため必要があると認める場合その他正当な理由がある場合であって、関係者の権利利益その他の事情を考慮して相当と認めるときは、申出をした者にその閲覧をさせ、又はその謄本若しくは抄本を交付することができる。

 民事訴訟などのための証拠や資料は、本来は独力で収集しなければならないのですが、この規定は、人権委員会の収集した証拠や資料を当事者が相手方との交渉に利用できるようにするものです。

第62条第2項
 人権委員会は、前項の規定により資料の閲覧をさせ、又はその謄本若しくは抄本の交付をした場合において、当該被害者が当事者となっている当該特別人権侵害に関する請求に係る訴訟の相手方若しくはその法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、当該資料の閲覧又は謄本若しくは抄本の交付の申出があるときは、申出をした者にその閲覧をさせ、又はその謄本若しくは抄本を交付しなければならない。

 被害者が人権委員会の資料を閲覧謄写したときは、相手方に同じ資料を閲覧謄写させなければならないとしたものです。

第62条第3項
 前二項の規定により資料を閲覧し又はその謄本若しくは抄本の交付を受けた者は、閲覧又は謄本若しくは抄本の交付により知り得た事項を用いるに当たり、不当に関係者の名誉又は生活の平穏を害することのないよう注意しなければならない。

 人権委員会の収集した資料を不当に利用(ビラ等に引用して居住地や職場周辺で配布したりするなど)して関係者の名誉や生活の平穏を害してはならないとクギをさしたものです。

これに類似する制度としては、次のものが挙げられます。

【被害者等に対する不起訴記録の開示】
(平成12年2月4日刑事局長通知)
 不起訴記録については、刑事訴訟法第47条により非公開が原則とされていますが、同条ただし書により「公益上の必要その他の自由があって、相当と認められる場合にはこの限りではない」とされていることから、検察庁は従来から交通事故に関する実況見分調書等の証拠につき、当該事件に関連する民事訴訟の係属している裁判所からの送付嘱託や弁護士会からの照会に応じてきたところ、被害者等が民事訴訟等において被害回復のため損害賠償請求権その他の権利を行使するために必要と認められる場合には、捜査・公判に支障を生じたり、関係者のプライバシーを侵害しない範囲内で、被害者等からの請求でも客観的証拠で、かつ、代替性がなく、その証拠なくしては、立証が困難であるという事情が認められるものについて、これに応じるなど弾力的な運用を行うこととしたものです。

 「証拠収集力の格差」は、以前より医療過誤紛争や建築紛争など証拠が被告側に偏在し、また高度の専門知識が必要とされる紛争において問題とされていたところですが、近年「被害者保護」を重視すべきとの声が高まったことから、捜査機関が自ら収集した証拠の開示を認めるようになってきました。
現在のところ、当事者に対する不起訴事件の証拠資料開示は実況見分調書など客観証拠に限られ、関係者の供述調書は対象とされておりません(裁判所からの文書送付嘱託によるならば、供述調書等についても一定の要件の下で開示を認めているようです)。

<法案の資料閲覧謄写規定は妥当か>

 原被告間の証拠収集力の格差は、本来は民事訴訟における証拠収集手続の充実によって解消すべきであり、安易に国家機関の収集資料を私的紛争の一方当事者に用いさせるべきではありません。だからこそ検察庁は証拠の閲覧謄写に上記のような厳格な要件(民事訴訟・客観証拠・代替不能性)を設定しているのです。
これに比べ、本法案における人権委員会による調査記録の閲覧謄写は、調査資料のすべてに及び、必ずしも民事訴訟で用いられる場合と限定していないなどずいぶんと緩やかです。(だからこそあえて「濫用禁止規定」が置かれているのだと言えるでしょう。つまり、「濫用されそうだ」とわかっているのです。)
 強制力を用いて収集できる捜査記録に対して、人権委員会の調査記録は過料という制裁を背景にしているとはいえ任意提出による資料に近いと考えてこのような規定になっているのではないかと思われますが、資料の性質(証拠の客観性)はともかくとしても、人権委員会の収集した資料の利用目的を民事訴訟に限らないということは、例えば相対交渉(“糾弾会”など)の場においても利用されることも容認しているわけですから、やはり緩やかに過ぎるように思われます。(一応「勧告」にまでいたるケースに限定されているものの、取り扱う事件数のうちどの程度の割合で「勧告」が行われるのかはフタを開けてみなければわかりません。現状の人権侵犯事件処理をベースにすればめったに行われないと推測されますし、男女雇用機会均等法に基づく是正指導を参考にすればそこそこの割合で行われることになります。)
 人権委員会の調査が、後に純然たる私的紛争の一方当事者に利用される、しかも司法の場に限らず相対交渉や“糾弾”と称する集団交渉にも援用される可能性があるとなれば、人権委員会の行う調査の公益性をも疑わせしめることになり、妥当ではないと考えます。
 以上の事柄を踏まえ、私は

  1. 人権委員会の収集した資料の開示請求は、民事訴訟を提起した後に限るべきである。
  2. 開示された資料は、民事訴訟への証拠以外に用いることを禁じるべきである。
  3. 人権委員会が留め置きした資料(客観証拠)については、開示を認めてもよい。
  4. 人権委員会の行った聴取記録(供述記録など)については、民事訴訟における証人尋問で証明可能でないもの(供述者が証人として出廷できない場合など)に限り開示を認めるべきである。

 と考えます。
 ともあれ、人権委員会の収集した資料の謄写閲覧に関する規定については、もっと慎重な議論を重ねることが必要です。
 次回は、人権委員会が直接訴訟行為を行う場合(訴訟参加)について考えます。

(なんだかもう、総論的にも各論的にも論じるべき点が多すぎる気がするんですが。)
(3/22 18:30一部加筆しました)