人権擁護法案と男女雇用機会均等法(人権擁護法案検討メモ―番外編その3)

 前回は、人権擁護法案に定められた「勧告」「公表」制度について、男女雇用機会均等法(以下 均等法という)の「勧告」「公表」規定を手がかりにして考えてみました。均等法を取り上げたのは、差別禁止立法であること、報告の徴収並びに助言、指導及び勧告という、法的拘束力を持たない指導を中心とした制度であること、調停という(弱いながらも)準司法機関としての性質を有しているなど、人権擁護法案と類似する部分が多く見られるからです。
 そういう観点から、今回は均等法を概観してみて人権擁護法がどんな感じの運用となりそうなのか、考えてみようかと思います。

<均等法の概要>

非常に簡単にまとめると、
1.差別の禁止
原則として、雇用の分野(採用・待遇・退職など)において男女の区別をつけることは差別として禁止される。(第5条〜第8条)
例外的に区別が認められるのは
・妊娠・出産等母性に由来する場合(第8条、第22条など)
・炭鉱労働、守衛など、業務の性質上均等な機会を与えるのが困難な場合
・女性労働者が男性労働者に比べ相当程度少ない(おおむね4割未満)場合(第9条)
に限られる。
2.国の行う措置等
都道府県労働局長は、当事者の求めに応じ女性労働者―事業主間の紛争について解決に向けての助言、指導または勧告をおこなうことができる。(第12条)
厚生労働大臣は、労働者からの申し立て、第三者からの情報、職権などに基づき、均等法の施行に関して必要があると認めるときは、事業主に対して、報告を求め、または助言、指導、勧告をすることができる。(一部を除き都道府県労働局長に委任)(第25条)
厚生労働大臣は、募集・採用、配置・昇進・教育訓練、福利厚生、定年・退職・解雇についての規定に違反している事業主に対し、法第25条による勧告をし、その勧告を受けた事業主がこれに従わなかったときは、法違反の速やかな是正を促すために企業名の公表という社会的制裁措置を講じることができる。(第26条)
・国は、事業主が雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保の支障となっている事情を改善するための措置を行おうとした場合に、相談その他の援助をおこなうことができる。(第20条)
3.調停機関の設置(第13条〜第19条)
 都道府県労働局長は、女性労働者と事業主との間の紛争について、関係当事者から調停の申請があった場合において紛争解決の必要があるときは、機会均等調停委員会に調停を行わせることができる。調停開始の要件は、関係当事者の一方から申請があれば調停ができるものとする。

<均等法の運用状況>

 「平成14年度男女雇用機会均等法の施行状況」(雇用均等・児童家庭局)*1によりますと、平成14年度の各都道府県雇用均等室への相談は18,182件となっています。このうち女性労働者からの相談が71.7%、事業主からの相談が28.3%です。相談内容の内訳を見ると、セクシュアルハラスメント関係が42.3%、母性健康管理関係が18.1%、募集・採用関係が10.9%、定年・解雇関係が6.4%などと続いております。
 次に、均等室が行った是正指導(第25条関係)は5,448件で、内訳はセクハラ関係が4,975件(91.3%)ともっとも多く、続いて募集・採用関係が259件(4.7%)、配置・昇進関係が125件(2.2%)、福利厚生関係が64件(1.1%)、定年・解雇関係18件(0.3%)、母性健康管理7件(0.1%)と続きます。
なお、勧告に従わなかったときの企業名の公表措置は、実施が確認されておりません。
 また、雇用均等室がおこなった機会均等調停会議による調停(第14条関係)は11件で、配置に関するものが8件、昇進に関するものが1件、定年・解雇をめぐるものが2件となっており、うち調停案の受諾により解決にいたったものが8件、次年度へ繰り越されたものが3件となっています。

 第25条に基づく是正指導(助言・指導・勧告)は、そのほとんどが相談を端緒としていると推測できますので、相談件数のうち約3割について相手方に対し何らかの指導が行われているといってほぼ差し支えないと思います。これは、事件として取り扱われるのが相談件数の5.2%に過ぎない人権侵犯事件と大きく異なります。もっとも、人権擁護局への人権相談は多岐にわたるものと想像されますので、相談の段階で非公式に専門相談機関を紹介しており、その結果申立受理率が低くなっているのではないか、と考えられます。

 ところで、人権擁護法案所定の勧告が提訴の前段階として位置づけられるものであるのに対し、均等法所定の各種是正指導は必ずしも提訴が後続するとは限らないため、制度として完結していると考えられます。均等法に基づく勧告の公表が実施された例は今のところ見当たりませんが、これは事業主が公表を恐れて指導に従っているからか、それとも行政が抑制的に制度を運用しているからなのかは不明です。是正指導(公表含む)の実施/不実施の当不当について裁判で争われた例は現在のところ見当たりません。

 ここで私が注目したいのは「調停利用率の低さ」です。平成9年の改正により、調停制度について一方当事者からの申請により調停を開始することができるようになっていますから、紛争の相手方が調停への参加を拒んでいることが低調な調停利用率の理由とは考えにくく、申立人が調停による解決よりも是正指導の発動を求めているからと考えるほうが自然であるように思います。
 それにしても、調停がたったの11件というのは少なすぎます。このことは、制度利用者が調停による解決より一方的勧告を望むということだけでなく、行政も調停の開始を敬遠しているとでも考えなければ説明がつきません。これは証拠によって明らかに出来るものではありませんが、そのことを推測させるエピソードを2例書き留めておきます。

【調停の不開始決定が裁判で争われた事例】
「住友電工事件」
住友電工(本社・大阪市)の女子社員2名が「女性であることを理由に昇進等で不当な差別を受けた」として、同社と国を相手に男性との賃金の差額分などの支払を求めた訴訟です。2003年12月24日大阪高裁において和解しました。この事件での国への請求は、調停の不開始を決定したことに対する慰謝料です。一審・大阪地裁は、「差別を禁じた憲法の趣旨に反するものの、採用段階で公序良俗に反したとはいえない」とし、原告の請求を全面的に棄却していましたが、二審・大阪高裁は住友電工に対し「2人の昇格」「解決金の支払」を、国に対し「厚労相による男女差別解消に向けての施策推進の約束」をそれぞれ約束させることで和解を成立させました。
【利用者(代理人)から見た機会均等調停】
「東京女性少年室・東京機会均等委員会は手一杯」
 うがった見方かもしれないが、現在の東京女性少年室、東京機会均等調停委員会は「そんなに大勢の女性労働者に救済を求めてこられても困る」というモチベーションから消極姿勢なのではないか、と思わざるを得ない。昨年五月に東京女性少年室機会均等指導官も「現在の東京女性少年室の人員は、室長から事務員まで総勢一〇名しかいない。そのうち均等法違反の企業を指導する立場の『機会均等指導官』は二名しかいない。室としても人員補充を望む。」と語っていた。何度も同じことを言うようだが、室長以下少ない人員で体制で、実際に、東京全体の、それも雇用の全ステージにおける女性差別を指導し女性労働者の救済機関であれ、というのも大変なことでしょう。政府・労働省が「均等法を改正しました!」と大宣伝するのであれば、それなりの体制を整えるべきではないか。調停にしても、調停委員が本当に三名しかいないのであれば、全くのところ、多くの女性労働者が素朴に『機会均等調停を申請して救済を求めよう』と考えたら、調停委員会はすぐにパンク必至だ。労働省女性局が本当に、女性労働者を救済する観点から機会均等調停委員会という制度を均等法で設置してしているのであれば、人選の充実と適性の確保は不可欠であり、この点が改善されなければ「実効性のある救済機関」に遠く及ばない。(自由法曹団 大森夏織弁護士「JAL客室乗務員・男女昇格差別調停のご報告」*2より抜粋)

<まとめ>

 以上のことから推測されるのは次のとおりです。
 制度利用者は雇用均等室を準司法機関(調停機関)としてではなく監督機関として捉えており、調停による柔軟な解決を導く場としてよりもむしろ相対交渉を有利に運ぶための権力資源となる行政指導を引き出す装置として用いられる。
 また、人的資源の限られている雇用均等室は、運営コストがかかる調停によってではなく、簡便だが実効性の低い是正指導を行うことによって利用者のニーズに対応しようとする。
(なお、相談数のうち約3割が雇用者であることも興味深いです。人権擁護法も、みなさんが予想している以外の人々による制度利用、例えば“逆差別”による損害を蒙ったと主張する人々の制度利用があるかも知れません。)

 均等法と類似した部分の多い人権擁護法も、おそらく上記のような運用になるでしょう。人権委員会を考える際には、準司法機関という側面よりも監督機関あるいは訴訟援助機関としての側面を掘り下げて検討したほうがよさそうです。
 というわけで、次回は「人権委員会の訴訟援助」について、書きたいと考えています。