人権擁護法―私案検討メモその1

 既に和尚氏*1bewaad*2との間に議論の積み重ねがあり、今からだと後だしジャンケンになってしまいますので、私は和尚氏とbewaad氏との議論で触れられていない箇所について一応述べてみます。随時変更予定。

「第一章 総則」関係

(人権侵害の禁止)

法務省案>
第三条 何人も、他人に対し、次に掲げる行為その他の人権侵害をしてはならない。
 一 次に掲げる不当な差別的取扱い
  イ 国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する者としての立場において人種等を理由としてする不当な差別的取扱い
(ロ以下略)

<私案>
第三条 何人も、他人に対し、次に掲げる行為その他の人権侵害をしてはならない。
 一 次に掲げる差別的取扱い
  イ 国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する者としての立場において人種等のみを理由としてする不合理な差別的取扱い
(ロ以下、同様に変更)
3 前二項は、他の法律に特別の定めがある場合には適用しない

 「差別的属性を有する者に対する差別だけでなく、差別的属性を“有しない”者に対する差別(いわゆる「逆差別」)をも含む不合理な差別を禁止すること」「人種等に基づいた差別的取り扱い(たとえば年金給付、雇用促進など)を行う場合には特別の立法を行う必要があるべきこと」という意図を明確にするために、このような表現にしてみました。例えば採用試験において、被差別属性を有しない者が、採用された被差別属性を有する者よりも優秀な成績であったにもかかわらず不採用となった場合においても、差別的取り扱いにあたるということを明確にするため、このような書きぶりになった次第です。(本来、もとの法案の規定によっても「逆差別」は禁止されるはずですが、あえて。)

「第二章 人権委員会」関係

(委員長及び委員の任命)

法務省案>
第九条 委員長及び委員は、人格が高潔で人権に関して高い識見を有する者であって、法律又は社会に関する学識経験のあるもののうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命ずる。
2 前項の任命に当たっては、委員長及び委員のうち、男女のいずれか一方の数が二名未満とならないよう努めるものとする。
3 委員長又は委員の任期が満了し、又は欠員を生じた場合において、国会の閉会又は衆議院の解散のため両議院の同意を得ることができないときは、内閣総理大臣は、第一項の規定にかかわらず、同項に定める資格を有する者のうちから、委員長又は委員を任命することができる。
4 前項の場合においては、任命後最初の国会において両議院の事後の承認を得なければならない。

<私案>
第九条 委員長及び委員は、人格が高潔で人権に関して高い識見を有する者であって、法律又は社会に関する学識経験のあるもののうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命ずる。
2 (削除)
2・3(現3・4)略
4 両議院は、人権委員の任命を同意するにあたっては、公聴会を開かなければならない。

 男女比に関する規定は除くべきです。人権として認められるべき価値というのは「その人と同じ属性(例えば女性)でなければわからない」ものではなく、「立場の異なる者でも共感しうるもの」でなければならないと考えるからです。例えば黒人差別撤廃問題について、黒人自身が抵抗の声をあげたことが第一に評価されるのは当然ながら、それだけでなく黒人の抱く被害感情を(それこそ人格高潔な)白人が共感し広く連帯したからこそ、黒人固有の問題から人権という普遍的価値の問題へと昇華させることに成功し、(少なくとも法令上は)黒人差別の撤廃が実現できたのではないかと私は考えています。
 したがって、人権委員会が男女同数でなければならないという発想そのものが「人間の価値が生来の属性に縛られる」という差別思想を追認しているようで、人権擁護法の趣旨にそぐわないように感じます。
 委員任命の同意の際には国会は公聴会を開き委員の識見等について審議する旨規定をおいてもよいのではないかと。これは国会法五十一条二項の方を改正することで対応するのが本筋なのでしょうが、あまりにも形骸化している国会同意の実質化を図るための規定を置くことは人権委員会の中立公正を担保するために必要であると考えます。

cf. 
国会法第五十一条 委員会は、一般的関心及び目的を有する重要な案件について、公聴会を開き、真に利害関係を有する者又は学識経験者等から意見を聴くことができる。 
2 総予算及び重要な歳入法案については、前項の公聴会を開かなければならない。但し、すでに公聴会を開いた案件と同一の内容のものについては、この限りでない。

「第四章 人権救済手続(第二款 調停及び仲裁)」関係

 まず、仲裁手続は不要で、調停手続のみでよいと考えます。
 仲裁とは、仲裁人の判断には服するということを双方が合意した上で開始される手続ですが、この手続は仲裁人(本法案の場合は人権調整委員)の中立性の確保が最大のポイントです。理想的なのは、双方当事者が吟味の上で仲裁人を選任するというものですが、その場合は、仲裁人候補者の属性や過去の判断傾向などが双方当事者に開示されていなければ、双方納得できる人選ができません。
 調停ならば、調停案を拒否するという選択権を双方留保した上で手続に臨めますので、双方当事者にとってなじみやすい手続であると考えます。

(申請)

法務省案>
第四十六条 特別人権侵害による被害について、当事者の一方又は双方は、人権委員会に対し、調停又は仲裁の申請をすることができる。
2 当事者の一方からする仲裁の申請は、この法律の規定による仲裁に付する旨の合意に基づくものでなければならない。

<私案>
第四十六条 特別人権侵害に係る事件について、当事者は人権委員会に人権侵害調停の申立てをすることができる。
2 人権委員会は、人権侵害調停の申立てが不適法であると認めるときは、決定で、その申立てを却下しなければならない。
3 調停の申立がなされた後は、事件当事者及びその関係者は相手方の私生活もしくは業務の平穏を害するような言動により、相手方を困惑させてはならない

 調停は、訴えが不適法なものでない限り、どちらか一方当事者の申立てにより調停手続を開始しなければならないものとします。
 調停手続が行われている間は調停外における私的な交渉を制限できることを明記する必要があると考え、このような規定を置くことを考えました。
 調停外において相手方の生活の平穏を害するような私的交渉を行うことに対し直接的に罰則を設けることは困難ですが(貸金業法では違反者に対し業務停止などの処分を行う旨規定していますが、これは貸金業が免許事業であることを前提としているからです)、そのような私的交渉を正当な権利行使とは認めないと法文上明言することによって、「エセ同和」「糾弾」が恐喝、脅迫などに当たるとして摘発されやすくなるのではないかと考えます。

(職権調停)

法務省案>
第四十七条 人権委員会は、相当と認めるときは、職権で、特別人権侵害に係る事件を調停に付することができる。

<私案>
第四十七条 人権委員会は、第四十四条に基づく調査を行った結果相当と認めるときは、職権で、特別人権侵害に係る事件を調停に付するものとする。
但し、第四十二条第三号に該当する虐待が行われた疑いがある場合については調停に付することなく直ちに官公署に通告するものとする

 特別調査を行った上、特別人権侵害がおこなわれている疑いが認められる場合、いきなり勧告をおこなうのではなく、まず調停を試み、調停が不調に終わってから訴訟手続に移行することの通知を行うほうが当事者による弁明の機会を確保する意味からも妥当であると考え(調停前置)、このように書きました。なお、児童虐待など緊急性を要する事案については、調停を試みるまでもなく警察や児童相談所、婦人相談所による対応(一時保護など)が必要であることから、調停によらず官公署への通告を行うこととしました。

(勧告及び勧告の公表)

法務省案>
第六十条 人権委員会は、特別人権侵害が現に行われ、又は行われたと認める場合において、当該特別人権侵害による被害の救済又は予防を図るため必要があると認めるときは、当該行為をした者に対し、理由を付して、当該行為をやめるべきこと又は当該行為若しくはこれと同様の行為を将来行わないことその他被害の救済又は予防に必要な措置を執るべきことを勧告することができる。
2 人権委員会は、前項の規定による勧告をしようとするときは、あらかじめ、当該勧告の対象となる者の意見を聴かなければならない。
3 人権委員会は、第一項の規定による勧告をしたときは、速やかにその旨を当該勧告に係る特別人権侵害の被害者に通知しなければならない。

第六十一条 人権委員会は、前条第一項の規定による勧告をした場合において、当該勧告を受けた者がこれに従わないときは、その旨及び当該勧告の内容を公表することができる。
2 人権委員会は、前項の規定による公表をしようとするときは、あらかじめ、当該勧告に係る特別人権侵害の被害者及び当該公表の対象となる者の意見を聴かなければならない。

<私案>
第六十条 人権委員会は、特別人権侵害に係る調停案が受諾されなかった場合において、なお当該特別人権侵害による被害の救済又は予防を図るため必要があると認めるときは、当事者に対し、当該特別人権侵害に関する請求に係る訴訟に参加する旨通知することができる。
2 (削除)
2(現3略)
第六十一条
 (削除) 

 調停委員会による調停案の提示は、本法案における勧告と同様の内容となると考えられるので、調停案が受け入れられず、かつ人権委員会が調停に提出された資料や双方の主張を吟味した上で被害救済又は予防が必要であると認めたときは、当事者に対して、人権委員会が被害救済又は予防を目的として訴訟参加する予定であることを通知すれば足りると考えます。
 また、どうせ公開の法廷で争われるというのであれば、公表する必要はありません。社会的制裁を背景に訴訟の場でことの黒白を争うことを断念させることを企図する公表など、人権紛争の処理に公的ルールを導入しようという本法案の趣旨に反するものです。

(資料の閲覧及び謄抄本の交付)

法務省案>
第六十二条 人権委員会は、第六十条第一項の規定による通知をした場合において、当該勧告に係る特別人権侵害の被害者若しくはその法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、人権委員会保有する当該特別人権侵害に関する資料の閲覧又は謄本若しくは抄本の交付の申出があるときは、当該被害者の権利の行使のため必要があると認める場合その他正当な理由がある場合であって、関係者の権利利益その他の事情を考慮して相当と認めるときは、申出をした者にその閲覧をさせ、又はその謄本若しくは抄本を交付することができる。
(2・3略)

<私案>
第六十二条 人権委員会は、人権侵害調停の当事者であった者若しくはその法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、人権委員会保有する当該特別人権侵害に関する資料の閲覧又は謄本若しくは抄本の交付の申出があるときは、当該特別人権侵害に関する請求に係る訴訟のため必要があると認める場合であって、関係者の権利利益その他の事情を考慮して相当と認めるときは、申出をした者にその閲覧をさせ、又はその謄本若しくは抄本を交付することができる。
(2・3略)

 人権侵害調停が不調に終わったときは、訴訟手続に移行するか私的交渉による解決を目指すか(それとも解決をあきらめるか)ですが、訴訟に移行する際には、人権委員会の収集した資料や調停で提出された証拠等を当事者が用いることが出来るものとしたものです。なお、法務省案では「被害者による閲覧謄写」が先に行われることが前提ですが、相手方が債務不存在の確認を求める訴えを提起する場合なども考えられますので、当事者のうちどちらが先に資料の閲覧謄写を請求してもよいとしました。なお、閲覧謄写を認める理由を訴訟提起に限ったのは、調停を前置しているため、民事調停等を想定する必要はなかろうと考えたからです。

 (差別助長行為等の停止の勧告等)

法務省案>
第六十四条 人権委員会は、第四十三条に規定する行為が現に行われ、又は行われたと認めるときは、当該行為をした者に対し、理由を付して、当該行為をやめるべきこと又は当該行為若しくはこれと同様の行為を将来行わないことを勧告することができる。
2 前項の勧告については、第六十条第二項及び第六十一条の規定を準用する。

<私案>
第六十四条 人権委員会は、第四十三条に規定する行為が現に行われ、又は行われたと認めるときは、当該行為をした者に対し、理由を付して、当該行為をやめるべきこと又は当該行為若しくはこれと同様の行為を将来行わないことを勧告することができる。
2 人権委員会は、前項の規定による勧告をしようとするときは、あらかじめ、当該勧告の対象となる者の意見を聴かなければならない。

 第四十三条(不特定多数に向けて行う差別助長行為)は具体的被害者がまだ存在せず、調停を行う余地がないので、調査に基づく勧告を行う前に聴聞の機会を設けることとします。

和尚氏―bewaad氏間の議論で触れられた箇所について

ほぼ異論はありませんので、簡単に。

「第二章 人権委員会」関係

 第十四条(会議)については、第十一条第二項の規定による認定以外は単純過半数でよいのではないかと考えます。

「第四章 人権救済手続」関係

 第四十四条の特別調査は、内閣総理大臣の承認をとる必要はないでしょう。内閣総理大臣の承認をとることまで要求するのなら、人権委員会を行政委員会として設置する意味がないですし(単に内閣府の業務とすればよい)、特別調査よりもはるかに強制力の大きい逮捕状や捜索差押許可状が総理よりもはるかにありふれている簡易裁判所判事によって発布されていることを考えてもバランスが取れません。

取り上げていない事項について

「差別助長行為等の差止請求訴訟」についてはまだ検討が済んでいませんので、後日に。
「人権調整委員(=調停委員)」と、人権委員会事務局職員の資格(例えば児童相談所における「児童福祉司」のような)についても、まだ未検討です。これは難しいです。

おまけ1:“強調”を使ってみました。“フォント変更”や“強調”に頼りすぎると、文章力がますます低下すると思い控えてきたのですが、使ってみるとやはり読みやすいですね。
おまけ2:法文を書くのって、難しいですね。自らの論理性のなさを思い知らされます。