一休み

 思いもかけず私にとってのカリスマブログ、Bewaad Institute @Kasumigaseki*1にお取り上げいただき、正直ビビッております。国相手に本人訴訟を起こした人の気持ちを(何万分の一かですが)感じている次第です。

 さて、ここのところ長文のエントリーを書きすぎて、息切れしてしまいました。今日はちょいと一休みします。

 私がこのように「人権擁護法案」についてチマチマと書いてきた理由ですが、一つには法案をめぐる議論に対して自分のスタンスが定まらなかったからということが挙げられます。具体的には、法案の誤読に基づく反対論に無批判に乗っかって騒ぐ人があまりにも多くその熱狂振りに疑問を抱いたこと、しかしながら過剰な“忌避感情”の噴出にはしかるべき理由があると信じられること、とはいえ「法案の趣旨」を全否定すれば本当に救済を必要とする人々が更に疎外されていくことが眼に見えていることなど、いろいろと気持ちが揺れ動いて明快に書くことができなかったということです。
 もう一つは、本法案が今の日本が抱える問題の一部分をよく映し出しているように思えたからです。具体的には、政治的中立性を確保する制度というものが全く信頼されていないこと、「人権」という言葉は同一人物にとって使うことも使われることもありうるはずなのに、論者が“使う側”と“使われる側”にきれいに別れてしまっていることなど、何が主たる問題なのかわからないくらい、いろんな問題が背景にあるように思えたのです。
 最後に、従来から司法に対してボチボチ関心があったからということが挙げられます。この問題に即して言うと、訴訟を頂点とするADRのピラミッドがどのようにデザインされていくのか、紛争処理コストのハードルをどのあたりに設定するべきか、“権限なき行政”に対して司法がどのようにチェック機能を働かせていくことができるのか(あるいは働かせるべきなのか)、反省や謝罪といった“解決”が司法の場において実現できるのか、訴訟によることでなぜ相手方に応訴を強制でき、その他の手続がなぜ相手方に応訴を強制できないのかなど、真剣に反対(推進)なさっておられる方々から見ればいささか不謹慎ながら、興味深い論点が見えてきたのです。

 本シリーズがこれらについて考察できているかといえば全く自信がないのですが、ここまで書いた以上あきらめて書いていこうとは思っています。

 しかしまあ、ここまで「人権アレルギー(人権団体アレルギー?)」が強いものだとは思いませんでした。自由な議論が憚られた問題だから、ネット上でその抑圧された思いが噴出したということでしょうか。それとも単に差別感情の表れに過ぎないのか。議論が盛り上がりを見せて1週間以上が経過してもなお法案の誤読に基づくデマが流布しているのは、法案がややこしいということもあるのでしょうが「そう読みたい(そして自分も反対したい)」という欲求の現われでもあるように思います。
 「人権擁護」という言葉に含まれる欺瞞に対する嫌悪、解同や総連への敵愾心、政治や行政に対する不信などといったさまざまな感情の高ぶりが法案を“誤読”させているのですから、誤読を単に指摘するだけでなく、その背景にある感情に光を当てていく必要があるのでしょう。

 さあ、明日はBewaad Institute @Kasumigasekiで私のエントリーがコテンパンにされていることでしょう。webmaster氏からのボールを受け止めきれる自信はありませんが、議論の深化にいささかでも寄与できているのならば嬉しい限りです。
 次回のエントリーのために男女雇用機会均等法などを調べながら、楽しみにしています。

<今日の動き>

人権擁護法案:また了承できず 自民党部会

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20050319k0000m010073000c.html

自民党の法務部会と人権問題等調査会の合同会議は18日、政府が今国会への再提出を目指している人権擁護法案について3回目の協議をしたが、意見はまとまらず、了承を見送った。自民、公明両党でつくる与党「人権問題等に関する懇話会」(座長・古賀誠自民党元幹事長)で、改めて法案の内容を協議し直すことになった。自民党内では人権擁護委員に外国人の選任を認めることへの異論が強く、日本人に限る「国籍条項」を求める声が強まっている。だが公明党内は国籍条項への反対意見が多く、今後の調整は難航も予想される。
 現行の人権擁護委員は日本人しかなれないが、人権擁護推進審議会は01年、「定住外国人の増加を踏まえ、市町村の実情に応じ、外国人から適任者を選任できるような方策を検討すべきだ」と答申した。法務省は▽人権擁護委員の職務は人権相談や一般的な調査にとどまり、外国人に委嘱しても問題はない▽民主的な手続きで選任され、特定の団体の影響を強く受ける恐れはない−−などと説明しているが、自民党側の十分な理解は得られていない。
 ◇「容認できない」 第二東京弁護士会が会長声明
 政府が今国会への再提出を目指している人権擁護法案について、第二東京弁護士会(山田勝利会長)は18日までに、「報道機関に対する不当な規制が解決されておらず、容認できない」とする会長声明を発表した。
(参考)
人権擁護法案に対する会長声明
2005年(平成17年)3月17日
第二東京弁護士会 会長 山田勝利
現在開会中の第162回通常国会において、2003年(平成15年)10月に廃案となった人権擁護法案とほぼ同内容の法案が、再度上程に向けて検討されている。人権侵害に苦しむ人々を救済しなければならないことは言うまでもないことであるが、法案には以下のとおり、容認しがたい二つの問題点がある。

 第一点は、新たに設置される人権委員会法務省の所轄とされる点である。3年前にこの法案が提出された背景には、我が国政府が、国連の規約人権委員会から、入国管理の職員や警察官等による人権侵害を救済するために政府機関から独立した相応の機関を設けるよう勧告されていたという事情があった。指摘を受けた人権侵害の多くは、刑務所あるいは入国管理施設等法務省所管の施設内で起こっている事柄である。それにも拘わらず、これを監視・調査すべき人権委員会もまた法務省の所轄とされるとあっては、およそ独立した機関とは言えず、恣意的運用を排除した公正な判断を期待することはできないものというべきである。

 第二点は、メディアの取材・報道を規制する条項がおかれる点である。人権委員会において報道機関によるプライバシーの侵害、名誉の毀損、その他の人権侵害を認めた場合には、人権委員会は勧告・公表等により当該報道機関を規制できることが定められている。しかし、適正手続を経ることなく、曖昧かつ抽象的要件による規制を認めることは、報道機関の取材・報道の自由を制約し、ひいては人権侵害の実態を公けにしないこととなるものであり不当である。現に政府も、今回の再度の上程に当たっては、これらの報道規制条項を残しつつも、「別に法律で定める日まで実施はしない」との方針であるとのことである。しかし、こうした方針がとられること自体、政府が、報道規制条項が不当であることを自認しながら、法案上程時における批判をかわすべく弥縫策をとったことを示すものと言わざるを得ない。今日のマスメディアに看過しえない人権侵害がみられることも事実であるが、それ故に、この法案が容認されるというべきものではない。

 以上、当会は、今回上程予定の人権擁護法案には、人権委員会の独立性が確保されず、かつ、報道機関に対する不当な規制が解決されていないという大きな瑕疵のあることを指摘し、健全な制度設計実現のために慎重な議論がなされるよう強く望むものである。

二弁さん、わかってないねえ。