人権擁護法案検討メモ―その4

<人権侵害調停における解決のありようについて>

 その3では、訴訟と調停を簡単に比較した上で、権利紛争は裁定による解決がなじみ、利益紛争は合意による解決がなじみやすいということを述べました(もちろんこれは画然としたものではなく、連続的に捉えられるべきではありますが)。今回はその続きです。
 まずはお決まりの答申から。

調停者が必要に応じて事実関係を調査した上で,当事者間の合意による紛争解決を促す調停は,裁判手続に比べ,簡易・迅速で,具体的事案に即した柔軟な救済を可能とする手法であり,諸外国の人権救済機関も含め,内外で最も活用されている代表的な裁判外紛争処理の手法である。人権救済においても,この手法を大いに活用すべきであり,専門性等を有する人権擁護委員の参加を含め,調停手続やこれを担う体制の整備を図るべきである。
「人権救済制度の在り方について」(答申)http://www.moj.go.jp/SHINGI/010525/010525-05.html#2-1より

 う〜ん。そもそも人権侵害事件の解決にあたって留意すべきことはなんでしょうか。
 この点につき、草加耕助氏はご自身のブログ「旗旗」のエントリーの中で非常に有意義な見解をお示しになっておられます。

 では「被害者の救済」とは何だろうか?私は以下のように考えます。
第1段階)被害者が加害者に、自己の苦しみ・悔しさ・怒りを直接ぶつける場を作る(糾弾)
第2段階)人権・差別の専門家をまじえ、加害者の言動の何が問題だったのかを3者で検討(確認)
第3段階)加害者が、専門家と被害者の指摘や援助で自分の罪を認識することに成功(反省)
第4段階)上記の内容に基づいて加害者より心からの謝罪が行われる(謝罪)
第5段階)被害者が謝罪を受け入れ、許し、癒される(和解)
(草加耕助氏「差別と人間の尊厳(人権擁護法その2)」(ブログ「旗旗」2005年3月15日http://hatahata.mods.jp/archives/2005/03/post_152.htmlより抜粋)

 私は、これらのプロセスが中立的第三者の管理の下でおこなわれることを期待するものでありますが、それが調停という枠組みの中で行いうるのかは疑問です。
 まずもって、調停は当事者双方の合意の上で手続進行が維持されるものですが、利益紛争に比べ権利紛争は、相手方が“紛争の存在”を承認しないことが多く、調停の場に参加すること自体を拒むケースが多いことがあげられます。したがって第一段階を実現するためには調停ではなく応訴が強制される訴訟手続によるのが望ましいと考えます。これについては、男女雇用機会均等法における調停が当初双方の合意を手続開始の要件としていたところ、相手方の合意が確保できず制度利用が進まなかったことから、一方当事者の申立てにより職権による調停開始を原則とするよう平成9年に改正された例などが参考になるでしょう(男女雇用機会均等法との比較については、番外編で後述する予定です。なお、法案推進者は調停が双方の「合意」によるものであると述べていますが、均等法の例を見れば、時を経ずして職権による調停開始規定を積極利用しようとする動きが活発化することは想像に難くありません。)。
 また、第2・第3段階における人権・差別の専門家の存在は、論争を解決へと水路付ける重要な役割を担いますが(家事調停における家裁調査官の役割が参考になると思います)、この専門家が中立的第三者の役割を兼ねることは出来ません。(法案に反対する方々は、人権委員もしくは人権調整委員(人権擁護委員ではないことに注意)が“中立的第三者”たり得ないのではないかと考えているのです。「専門家」である以上、その問題にコミットし、何らかの価値判断を抱いていることが容易に推測できるのですから。)
 第3・第4段階は、通常の紛争処理においてもそうなのですが、反省・謝罪という心の内面の発露を他者が強制しうるかという問題があります。国家が介入できるのは、結局のところ「許さない」と宣言できるにとどまり、「謝れ」とは言えないのではないか。これは大いに議論の分かれるところですので、またまた宿題にするしかなさそうです。
 で、これらは従来の調停/訴訟によって実現できないのか。第3・第4段階の問題は、紛争処理制度の根本問題ですからひとまず措くとして、人権侵害調停が通常の調停・訴訟と異なるとされる点は「人権・差別の専門家の介在」ですが、これは「訴訟援助」の問題であり、新たな紛争処理制度を作らなければできないものではないように思いますし、また「人権・差別の専門家=裁定者」となることが裁定者の中立性を疑わせるのであればむしろ有害であるとさえ言えるでしょう。

 本編第5回では、人権擁護機関による訴訟援助について、また番外編第2回では、第1回で問題提起した「人権擁護法案に規定される『勧告』『公表』の問題性」について述べたいと思います。

現在までのエントリー
<本編>
導入:「知財高裁と人権擁護法http://d.hatena.ne.jp/an_accused/20050311/1110563623
法案登場の背景:「人権擁護法案検討メモ―その0」http://d.hatena.ne.jp/an_accused/20050314/1110803628
人権侵害事件の現況:「人権擁護法案検討メモ―その1」http://d.hatena.ne.jp/an_accused/20050312/1110630143
救済のあり方:「人権擁護法案検討メモ―その2」http://d.hatena.ne.jp/an_accused/20050313/1110698078
硬直司法批判?:「人権擁護法案検討メモ―その3」http://d.hatena.ne.jp/an_accused/20050315/1110909497
<番外編>
勧告の処分性(前フリ):「人権擁護法案検討メモ―番外編1」http://d.hatena.ne.jp/an_accused/20050313/1110698079