人権擁護法案検討メモ―その3

<訴訟と調停―「訴訟手続の硬直性」は“弊害”か>

 「人権擁護法検討メモ(その2)」では、人権擁護推進審議会答申が指摘する「裁判制度の制約」が、人権侵害事件の解決を阻む障壁として本当に存在するのかについて考えました。そこで私は、「現行制度で充分可能であり、現行の司法制度とは別に新たな紛争処理手続を設ける積極的意義を見出すのは難しい」と結論づけました。
 今回は、前回に引き続き、答申の「現行司法制度が硬直しているゆえに、ソフトランディングを可能とする新たな調停制度を設けるべきである」という指摘が当を得ているかどうか、考えたいと思います。
 これは訴訟と調停の違いについて考えていくことからスタートします。人権侵害調停はまだないので、民事訴訟と民事調停の違いについて、を簡単に整理してみます。

訴訟と調停

 ・手続のしくみの違い
訴訟では、請求の趣旨、請求の原因などを明確にすることが必要とされ、当事者主義に基づいて判断の根拠となる証拠提出や主張についても当事者が適時適切に行うことが求められます。これに対し調停は、簡易な手続で請求も要式にこだわらなくてもよく、また調停委員会は職権で事実の調査を行うことができます。また、費用も訴訟に比べて格段に安いです。
 ・判断構造の違い
訴訟は、法規範と証拠による認定事実に基づいて、判決という形で公権的な判断を示すものです。従って、判決における判断は、必然的に法律に拘束されます。これに対し調停は、法律的な判断を基本におきながら、当事者双方のあらゆる事情を総合的に勘案して、分割弁済、弁済期限の猶予、債務の一部弁済など当事者双方にとって利益になるよう実情に即した柔軟で妥当な解決を図ることができるとされています。
 ・結論のありかた
訴訟では、原告が主張した権利・義務(訴訟物)について、法規範に基づいて判断が示されます。これに対し調停では、当初申立人が取り上げなかった権利・義務がある場合にも、これを調停の対象とすることができ、話し合いにより当事者間に存在する紛争の全面的解決を図ることができるとされています。
 ・関係の修復
訴訟では、原被告がそれぞれ自己に有利な判決の獲得を求めるために対立的な主張を維持せざるを得ません。これに対し調停では、双方に合意に基づく結論を求めるよう水路付けられるため、それまでの感情的対立が解消されることもあり、いわば人間関係の修復といく副次的効果も期待できるとされています。まあこれは調停を同席方式で行うようになってからのことですが。
 ・公開性
訴訟は、原則的に公開の法廷で行わなければなりません。これに対し調停は非公開で行われます。これは調停が判決という公権的判断を求めるものではなく当事者の話合いによる紛争解決を図る制度ですから、公開によって手続の公正を保証する要請はあまりないこと、他人の目を気にせず素直な話合いをするには非公開の席のほうが妥当だからとされています。

 これらを踏まえた上で、人権侵害に係る調停/仲裁はどのような性質であることが必要かについて考えたいと思います。

人権侵犯調停における事実の認定について。

先に述べたとおり、差別的言動による人権侵害は人間の尊厳にかかわる問題であるので、その事実認定の部分においては申立人の側にとっても、差別的言動を行ったとされる相手方にとっても譲歩の余地は小さいように思われます。なぜなら「傷つけられた」と思っている申立人や「正しいことを言ったまでだ」と思っている相手方に対して調停者が「まあお互いさまだよね」とか「聞きようによっては差別だよね」などと言ったところで対立が決定的になるだけでしょうし、尊厳を相互に認め合うことと事実について妥協することとは相容れないと思うのです。ですから人権侵害紛争の処理においては「このときのこの言動は差別に当たる/当たらない」と明確にすることが必要ですし、また相手方の人権にも配慮して不本意な妥協を強いることの無いようにすることが求められるように思います。
 経済的損失の再配分を行うためにざっくりと事実認定を行いうる民事調停と、表現の自由の外延をとことん争う必要のある人権侵犯事件処理は大きく異なるものですから、安易に「ソフトランディング」などと言う言葉を用いて調停制度を流用しようとするのではなく、訴訟のもつ「事実を確定し公に宣言する」という機能をどう活かすかという方向で制度作りを考えるべきです。
(追記:「じゃあ仲裁はどうなんだよ」という話ですが、仲裁者の裁定を受け入れさせられるだけの道具立てというか、権威付けができているの?と指摘するにとどめておきます。とりあえず。これを書こうとすると、また別のエントリーが必要に。ああ。)

人権侵害調停の導入は現実的か

 ちなみに、家事調停においては家庭裁判所調査官がかなり踏み込んだ調査を行いその結果を調停に反映させているそうですから、人権侵害調停も調査官的存在の関与によって補完され得るのかも知れません。しかしその場合、家事事件のエキスパートである家裁調査官の役割を担いうるのは誰になるでしょうか。新設の委員会事務局の中に専門職を置くことになるのか、それとも人権擁護委員が関与するのか、調査委託を行った外部団体が関与するのか。 私は「人権侵害調停を設けるならば調査を行う専門職員を充分に配置すべきであるし、そうでなければ実効性のある制度とはなり得ず、かえってユーザーの不満を招き人権擁護行政に対する信頼を失うことになる」と考えます。男女雇用機会均等法には機会均等調停委員会が設けられておりますが(男女雇用機会均等法第14条)、男女差別による不当待遇を訴えた申立を取り上げなかった結果、担当者が訴えられたケースもあるようですので、あえて申し述べておきます。法務省の人権擁護部門って約二百数十名ほどだそうですが、彼らが全員家裁調査官並みの調査分析能力を有しているとは思えません。きっと実務を担う職員の方々は大変なことになるだろうし、また救済を必要とする被差別者に不満を抱かせる結果を招くように思います。
 次回は、人権侵犯調停における解決のありようについて考えることにします。