ある親の手による「予防接種、受けさせたくありません」記事をめぐって

 いつも興味深くチェックさせていただいているブログ「ある医学生の言いたい放題」*1を通じて、「わが子に予防接種を受けさせないことをWEB上で公言すること」の是非をめぐる議論に接することができました。概要は以下の通りです*2

<概要>

米シアトルに関する情報ポータルサイト“JUNGLE CITY.com”において、在シアトル主婦の手による「かずよの子育てエッセイ第20回:予防接種」と題する文章*3が公開されていた。当該エッセイで筆者は、「ド素人の私的見解」と断った上で

B型肝炎の予防接種は、幼児においては病気に感染するよりも副作用のほうが多かったそうであること」「溶蓮菌の予防接種が認可されてたった6ヶ月あまりの副作用(激しい下痢など)の多発で取りやめになったこと」などから、どうも予防接種は「乱暴」で信用できない。従って「少しでもリスクのあるものを、社会責任の名のもとに私のかわいい子供に押しつけられてはたまりません」

と主張していた。

 これに対し、医学生ちりん氏が“JUNGLE CITY.com”に宛てて「苦情」のメールを送付した。そのメールは、医学的見地から予防接種の必要性を明らかにした上で、

「貴サイトで載せていることは、日本という国が他国で殺人を行うことを推奨しているのです」

と厳しく指摘するものであった。
 
 上記メールが送付された後、“JUNGLE CITY.com”は当該コラムの末尾に以下の注意書きを追加した。

注)当ページに記載されている内容は個人の一意見です。この情報に基づいて行動した結果なんらかの損害が発生した場合においても、執筆者およびジャングルシティは一切責任を負いません。記載された情報を活用される場合は、あらかじめ専門家に照会するなど必要な確認を行った上、ご自分の責任で判断していただきますようお願い申し上げます。

<思うところ>

 件のエッセイは不用意な表現を含んでおり、「ド素人」と断れば何を書き散らしてもよいというものでもありません。「ド素人」である私も、他山の石とすべきであると感じました。
 で、せっかくなのでもう少し考えてみるのですが。
 
 予防接種の副作用が下痢や発熱といった一過性かつ軽微なものであれば、予防接種が「得体の知れない」「不気味なもの」だから「信用できない」と断じ接種を拒否したり、接種拒否を推奨することは、単なる“親のエゴ”(しかも子どものためにもならない)でしかありません。しかし、予防接種の副反応が麻痺など重篤な後遺障害をもたらすものも含まれることを踏まえると、理性では接種の必要性を理解していても「たとえ440万分の1(例:ポリオ生ワクチンの場合)*4であっても、それが我が子であることは耐えられない」と考えてしまう心情はある程度理解できるものではあります。
 たしかに件のエッセイは医学的根拠を明示しておらず論理的に破綻した箇所もありますが、子どもの健康を考えたときの親の迷いが素直に表現されたものであると読めるものです。
 医療の分野に限らず、専門家の理性的言説と非専門家の感情的な言説はしばしば相容れず、また相容れない場合はたいてい非専門家の感情的言説は排斥されます。しかし排斥され押し殺された感情は、不満や非協力的態度となってどこかで表面化するものです。非専門家の感情的言説を汲み上げ理性的言説とすり合わせながら、非専門家から同意と協力を取り付けていくことが、現在の専門家に求められるスキルであるように思います。リエゾンナースなど心理学領域の専門家が、ときに医師と患者との橋渡しとして介在するのも、感情の部分を汲み上げるスキルを補完する必要があるからでしょう。
 なお、当該エッセイを掲載する“JUNGLE CITY.com”が、掲載しているエッセイに読者をミスリードする可能性があることを専門家から指摘されたにもかかわらず、当該エッセイに文責を負わない旨の断り書きを追加したのみであったことは残念です。
 “JUNGLE CITY.com”が“役立つ情報の発信を目的とするポータルサイト”を標榜する以上、読者から「予防接種への誤解が生じるおそれあり」との指摘を受けたのであれば、単に自己の免責を宣言するのではなく接種に伴う危険とメリットについて専門家の見解を取り、その見解をエッセイと併記する方法をとったならば、発信する情報の信頼性を高める効果も期待でき、望ましい対応と評価されたであろうと思われます。
 ちなみに“JUNGLE CITY.com”では、医師によるコラム「みんなの健康」が連載されており、そこではインフルエンザ予防ワクチンの接種が奨励されています*5。予防接種のメリット/デメリットに関するコメントをとることくらい、容易だったはずですですが。

*1:http://d.hatena.ne.jp/CROCODILETEAR/20050205#p1

*2:元の経緯はhttp://d.hatena.ne.jp/chirin2/20050204#p3を参照してください

*3:http://www.junglecity.com/essay/kazuyo/20.htm

*4:厚労省「『ポリオ』と『ポリオの予防接種』について知っていただくために」(平成12年)http://www1.mhlw.go.jp/topics/polio/tp0831-1_a_11.html

*5:http://www.junglecity.com/pro/health/10.htm