内閣法制局の「重み」

 Bewaadさんのところで私がコメントさせていただきました以下の疑問

何度も丁寧なお答えをいただき、本当にありがとうございます。
 政府部内に籍を置いた経験のない私にはいま一つ実感できないのですが、内閣法制局にはおそらくかなりの「重み」があるのでしょうね。いただいたご回答につきましては、
1)立法過程においては、内閣法制局は高いハードルとなって各省庁の前に立ちはだかることになるのでしょうが、一旦成立した法令の解釈権は、ひとまずは法律所管官庁が有することになるのではないか。
2)法的に疑義の生じるような個別案件における法解釈については、内閣法制局は後々司法判断が示される可能性があるうちはその解釈の当否について積極的に述べようとはしないのではないか。
といった疑問がさしあたり浮かんできますが、過去の法制意見のありようなどを勉強することによって、私なりに理解に努めたいと思います。

 に対して、bewaadさんから丁寧な応答をいただきました。いつもながら、本当にありがとうございます。
 いただいたお答えは次のとおりです(抜粋)。

 an_accusedさんの1つ目のご指摘のとおり一義的には法令を所管する省庁がその解釈をするのですが、上記のように法制局に対して解釈を求められることはあります。そのようなケースにおいては、強調部分のように実態がどうであれ法律上はこうなるという一般論を答えることになります。
(略)
 2つ目のご指摘についても、裏は取ってませんが工業再配置促進法第3条第1項について判例があるとは思えませんので(笑)、司法判断がないものについても解釈を述べているわけです。ご理解いただけると思いますが、行政府=法令の執行部門ですから、どのように解釈して執行しているのかと問われたときに、司法判断が出ていないので解釈できませんとは答えられません。司法判断でないので絶対ではありませんが、という留保はつくにせよ、行政府としての受け止めを答えざるを得ません。
 以上のような国会での質問のほか、質問主意書への対応についても内閣法制局第一部の審査を経て政府見解となります。国会質問で行政委員会が所掌する法令についての法制局見解の例は見つけることができませんでしたが、質問主意書では独占禁止法の解釈問題について答弁した例が見つかったのでご紹介しておきます。上記のように経産省の事情を斟酌せず回答したように、この主意書についても内閣法制局はあくまで条文にそってのみ審査します。仮に公正取引委員会独占禁止法は自分たちが所掌しているのだといって独自の解釈を主張したところで内閣法制局は解釈を枉げませんし、内閣法制局がOKしなければ主意書の答弁たり得ません。
(略)
結局、人権擁護法案を見れば「人権委員会は」といった規定があり、あたかも人権委員会が自由に振る舞えるかのように条文上は見えますが、先に紹介の工業再配置促進法において「経済産業大臣は」と規定されていても大臣が経済産業省という組織を背負っているのと同様に、「人権委員会は」と規定されていても、委員会は事務局という組織を背負っているのです。事務局の官僚のビヘイビアを考えたり、人権委員会と事務局の関係を考えるに当たっては、人権擁護省とその大臣を仮定して理解してもらってかまいません。その「大臣」が複数の者から構成され、独断では何も決められず過半数により意思決定をする点においてのみ異なるだけの話なのです。

 なるほど内閣法制局の存在は、政府部内において外部者が想像する以上の「重み」があるのですね。ありがとうございます。

 しかし、任命にあたり両議院の同意を必要とし、また任命権者の一存では罷免することもできない独立行政委員会と、総理大臣の一存で任免が可能な大臣とを同一視してよいのでしょうか。

 憲法第66条第3項に「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ」と定められていることから、内閣を構成する各大臣が対外的に表明する意思は、閣議を頂点とした統一されたものでなければなりません。だから内閣のリーガルアドバイザーたる内閣法制局が各省庁の所管事務について有権解釈を示すことができるのでしょう。

 では、独立行政委員会についてはどうでしょうか。もちろん組織上は内閣に属することは間違いありませんが、任命に際して国会のコントロールが直接に及んでいること(例:独占禁止法第29条第2項、公害等調整委員会設置法第7条など)、その職権行使にあたっては特に独立性が求められていること(例:独占禁止法第28条、公調第5条など)などから、内閣と行政委員会は一定の距離を保つことが求められており、それに伴い内閣法制局も自ずと独立行政委員会に対しては謙抑的になるのではなかろうか、と思うのです。

 このことを推察させる材料として、次のやりとりをご覧下さい。

第75回 衆議院商工委員会(昭和50年6月17日)
○板川委員 (380)*1
(略)
 法制局、ちょっと伺いますが、管理価格の調査というのは、そうしますと、六回もやっていることは、これはあなたの言う、四十条でやったことは公取は違法な行為でありますか。

○味村政府委員*2 (381)
 公正取引委員会は独立して職務を行っておりますので、法制局としては具体的な案件につきましては意見を申し述べることは差し控えさせていただきたいと存じます。

○板川委員 (396)
 一番具体的にあなたが言ったのは、プライスリーダーで値上げした場合には四十条も働かない。もちろん、それでは四十六条も働きませんよ。では、これは独禁法の目的に照らして、一体公取は十分な目的に照らした活動ができますか。調査もしないでできますか。プライスリーダーの場合には四十条は働かないと言っている。もちろん、四十六条も働きませんよ。そういうことでプライスリーダーでどんどん値上げしていって、独禁法が実質的に空洞化してしまう。それでは困るでしょう。そのために、いろいろの対策を立てるために、公取に国会に対する提案権というのがあるのではないですか。内閣総理大臣を通じて国会に意見を報告する、国会に善処を求めるということがあるのではないですか。そうすると、そういうようなことまでもできないという解釈をとられると、これは重要ですよ。
 では、ひとつ法制局に伺いますが、先ほど公取委員長が四十条を使用して幾つかの調査をいたしました、その中には、具体的に管理価格なんかはプライスリーダー的なものでありましょう。あるいは具体的に違反の事実がないものも四十条でやったことが、これがこの四十条の解釈をはみ出した行為である、こういうふうにお考えですか、もう一遍答えてください。

○味村政府委員 (397)
 どうも繰り返して恐縮でございますが、私の答えは前回と同じでございまして、具体的に公取がおやりになったことの当否という問題は、これは公取は独立して職権を行使されるわけでございますので、内閣法制局としては意見を申し述べることは差し控えさせていただきたいと存じます。

第75回 衆議院商工委員会(昭和50年6月18日)

○林(義)委員 (134)
 ありがとうございました。
 それから、昨日の質問を私はずっと聞いておりました。私聞いておりますと、政府の方で法案についての一致した努力というものがどうも私は感じられないのであります。それは何かと申しますと、昨日の答弁なんかでも出てまいりました。私が見ておりましても、公正に言って意見がどうもはっきり食い違っているところがある。やはり法案を政府として出された以上は、政府の諸君はやはり一致してその努力をしてもらわなければならない。私は当然のことだと思う。それがどうもその努力が認められない。御答弁の中にも、何かどちらでもいいような、また改正をすべきでないか、修正をすべきでないかというような御意見が随所に見られるのであります。私は、一体これはどういうことになっているのかということをきわめて疑問に感ずるのであります。
 そこで、私まず一つお尋ねしたいのです。公取の委員長というものは、委員もそうでありますが、独立した職権を行うと法二十八条には規定しております。これはその独占禁止法の解釈につきまして、委員長及び委員は政府の公的解釈、すなわち内閣法制局の解釈から独立した解釈権を持ち得るものと解すべきだと思うけれども、一体どうなんでしょう。法制局どうですか。

○味村政府委員 (135)
 公正取引委員会独占禁止法の運用を行う機関でございます。運用を行うに当たりましては、独占禁止法の各規定の解釈をしなければなりません。したがいまして、解釈をするということは運用の前提ということになるわけでございますが、公正取引委員会は独立してその権限を行うということになっておりますので、独占禁止法の解釈につきましても、公正取引委員会は独立してその解釈権を行使するというように考えます

○林(義)委員 (136)
 そうしますと、内閣の法律解釈というのは最終的には内閣法制局が持っておられる、こう思うのです。それと違った解釈というものが、独立してこの職権を行うのですから、公正取引委員会にあると、こう解してよろしゅうございますか。

○味村政府委員 (137)
 そのとおりでございます。

 この国会質疑を読む限り、内閣法制局は独立行政委員会が行った法令解釈について積極的に意見を述べることをせず、また内閣法制局によって(少なくとも表向きは)独立行政委員会の活動が大きく制約を受けることもないように思います。
 そういうわけで、「独立行政委員会における法の遵守の担保」内閣法制局の有権解釈に求めるのではなく、司法審査に求めていかざるを得ないと考えるのが自然ではないでしょうか。*3

 そう考えた場合、やはり本年4月に施行された改正行政事件訴訟法、とりわけ「公法関係確認訴訟」がどの程度活用できるかを見極めることが必要となるのですが、*4本法案の法務省修正案にみられる「異議の要旨を併記する」ようなスタイルの「行政指導(勧告)」が、果たして「当事者間の法律関係に何らかの影響を及ぼすもの」と司法に評価されるのか、疑問を抱いています。私としては、「異議の併記」などではなく、「勧告」を司法審査の対象としてきちんと組み込む(あるいは、組み込まれていると明言する)ほうが、よほど“人権委員会の暴走の歯止め”となるだろうと思うのですが、いかがでしょうか。

*1:( )内の数字は発言順番号

*2:当時内閣法制局第二部長

*3:なお関連項目として、司法府における“上訴制度による法解釈の統一”に触れたhttp://d.hatena.ne.jp/an_accused/20050506をご参照ください。

*4:改正行訴法のうち、「仮の義務付け」については、http://d.hatena.ne.jp/an_accused/20050614をご参照ください。