ある無罪判決

<解放同盟全国連支部幹部に無罪=恐喝で起訴「相当な権利行使」−大阪地裁>
従業員を解雇した印刷会社に押し掛け「部落差別」と抗議し、現金を脅し取ったとして、恐喝罪に問われた部落解放同盟全国連合会寝屋川支部支部長滝口敏明被告(69)ら幹部4人に対する判決が25日、大阪地裁であった。西田真基裁判長は「会社側に理不尽な対応があり、社会通念上相当範囲内の権利行使だった」として、4人にいずれも無罪(求刑懲役2年〜1年6月)を言い渡した。(時事通信 2005/05/25-19:12)

う〜ん。

  1. 無罪がでるなんてよほど無理スジの事件だったのかな。もしそうなら災難でしたね。
  2. とはいえ、まだ地裁だからね。

ということに尽きるのですが、この時事通信の記事以降、詳報が出てこないようですので、わからないなりに感想をもう少し書き留めておきたいと思います。

権利行使と恐喝罪

まず、恐喝罪とは、

刑法第249条
 人を恐喝して財物を交付させたものは、10年以下の懲役に処する。
第二項
 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

なんですけど、物ないし利益に関する使用収益処分という財産権の事実的機能を害され財産上の損害が発生したと認められれば恐喝罪として処罰しうるのですが、権利の範囲内で、その方法が社会通念上是認されるような場合(社会的に相当)であれば、権利行使として違法性が阻却されます。なお、客観的に権利が存在するか否かの判断が困難な場合、権利者が権利の存在を確信し、そう信じるに付き相当な理由がある場合も、方法が社会通念上是認すべき場合であれば違法性は阻却されるとされています。

 もし被告人に判示弁償金を要求する権利があつてその権利実行の為、本件行為にでたものでありしかもそれが権利行使の範囲内に属することであるとすれば被告人の本件所為は時に他の犯罪を構成することがあつても直ちに恐喝罪に問擬することはできない。
 しかしまた、被告人が単に権利行使に藉口しあるいはこれに仮託して本件行為にでたものであるとすれば該権利の有無にかかわらず、被告人の本件所為は恐喝罪を構成するものといわなければならない。(最二小判 昭和26年6月1日)

 他人に対して権利を有する者が、その権利を実行することは、その権利の範囲内であり且つその方法が社会通念上一般に忍溶〔ママ〕すべきものと認められる程度を超えない限り、何等違法の問題を生じないけれども、右の範囲程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪の成立することがあるものと解するを相当とする。(最二小判 昭和30年10月14日)

 本件に関する概要を知るには、先に挙げた記事と、島田氏らの所属団体(部落解放同盟全国連合会)のホームページによるほかありませんので、こちらを参考にさせていただくとします。

2003年3月、アルバイトで生活していた寝屋川支部の島田青年部長が、職安でかつてやったことのある印刷の仕事で「正社員」の募集をみつけ、メタルカラーという会社に就職しました。島田君は就職できたことを喜び、仕事に励んでいましたが、仕事中に段差でつまづき、はずみで腰を痛めてしまいました。痛みをがまんして働いていましたが、痛みがひどくなり2日間、仕事を休みました。
 すると、会社の課長がわざわざ島田君宅を訪問し、「明日からこなくていい」とクビを通告、さらに労災を訴える島田君にたいして「誰も見ていないから労災は認めない」というとんでもない不当労働行為をおこないました。
 島田君は労基署に相談し、「会社と話をして、事情を聞いてきてください」との指導をうけ、さらに寝屋川支部に相談。瀧口支部長、伊地知副支部長、木邨事務局長とともに4人で会社と交渉しました。会社は労災を認め、保障をだすことで円満に解決しました。
 ところが、この円満解決から1ヶ月以上たってから、大阪府警公安3課の刑事が会社に押しかけ、会社にウソの「被害届」をださせ、「4人に恐喝された」などという話をデッチあげて5月22日に4人を不当逮捕しました。
http://www.zenkokuren.org/danatu/whatsdanatu.htm

え〜と、問題となるのは、

  1. 島田氏らの行った交渉は、正当な権利行使だったか
  2. 交付を受けた財物(=「保障」)は妥当な内容のものだったのか
  3. 交渉は「円満」と言えるものであったのか

ということになります。(ところで、刑事部ではなく公安部が押しかけてきたのは、全国連が“中核派系”だからでしょうね。当事者も警察も、本件を単なる労使問題だとは考えていないようです。しかしまあ、印刷会社にとってみればまさか中核派と対立することになるとは(というより係わりあうことになるとは)予想もしなかったでしょうね。)

正当な権利に基づく要求だったか

 まず、島田氏らのとった行為の根拠となる権利について。

 寝屋川弾圧粉砕のための民事裁判で全面的勝利判決をかちとりました。大阪地裁は、島田君の訴えを100パーセント認め、以下の通り判決しました。
【主文】 ①島田君は今もメタルカラー社の労働者としての権利を有する。 ②会社は、島田君にたいして去年4月分から判決が確定する日まで、月20万円の給料を払え。  ③この給料支払いについて、仮執行できる。
判決理由の要旨】 ①会社がいう「退職の合意」はなかった。  ②会社側の「島田君の雇用は2カ月間の契約制である」という主張は認められない。島田君は正社員としての採用である。  ③よって、島田君は今現在もメタルカラー社の労働者としての権利をもっている。
http://www.zenkokuren.org/danatu/past/danatu0405_0409.htm

 これを見る限り、島田氏に対する解雇についてはどうやら無効なものだったようです(この民事訴訟が確定したものとしてですが)。会社に対する島田氏らの請求は、一応は正当な権利に基づくものであったといえそうです。

 次に、交付を受けた財物が権利の範囲内であるかどうかについて。

大阪地検は起訴状で、4人は「部落差別による不当解雇の糾弾を装って解雇予告手当を喝取しようと企て」http://www.zenshin.org/f_zenshin/f_back_no03/f2107.htm

 「解雇予告手当をはるかに上回る財物」であればともかく、「解雇予告手当」となれば、やはり「権利の範囲内」と見るべきですねえ。

社会通念上是認されるような方法だったか

 では、「その方法が社会通念上一般に認容すべきものと認められる程度を超えない」ものであったかどうか、というところですが。

部落解放同盟全国連合会寝屋川支部長の肩書きの名刺を差し出し」「『家まで来とる。部落かどうか確かめに来たんやろ』『部落やから会社をやめさせたんやろ。部落差別やないか』『手当を払わんかい』と怒号し……団体の威力を背景に……畏怖(いふ)・困惑させ……喝取した」などとしている。
http://www.zenshin.org/f_zenshin/f_back_no03/f2107.htm

う〜ん。
 本件は別に“部落差別”と関連付けなくても、「労働災害で2日欠勤したことを理由に一方的に解雇することは許されない」と主張すれば足りるというか、それ以外ないように思うのですが。「同様の欠勤者が過去には解雇されてこなかったにもかかわらず、今回はなぜか解雇された」というのならともかく。

 島田氏らが本件解雇を「部落差別ではないか」と疑った理由は次のとおりだそうです。

「会社の課長が島田さん宅に解雇を通告にきたこと、それがなぜ部落差別なのか?」との質問にも、「解雇を通告するのにわざわざ家まできたというのは聞いたことがない。会社で解雇を告げるか、電話でいうのが普通だ。相手が部落民だから、わざわざ家まできているのではないか」「部落差別があるのではないかと、疑問を抱くのは当然」とこたえました。
http://www.zenkokuren.org/danatu/past/danatu0411.htm

 ?
 ちょっとよくわからないのですが、会社の課長は、「解雇を通告するために」島田氏宅を訪問したのですよね?被差別部落出身であることを理由として解雇するのであれば、島田氏宅の訪問に先立って“部落地名総鑑”で調べるなりこっそり様子を見に来るなりしていないといけないはずです。また、「解雇を通告するために島田氏宅を訪問したとき、氏の宅とその周辺環境から島田氏が被差別部落出身者であることを看取した。だから解雇は部落差別に基づくものなのだ。」というのであれば、会社側は、被差別部落出身者であるか否かを確認するために解雇(予定)者宅を毎回訪問していることになるはずです。「解雇を通告するのにわざわざ家まできたというのは聞いたことがない。会社で解雇を告げるか、電話でいうのが普通だ。相手が部落民だから、わざわざ家まできているのではないか」という推論は言いがかりに過ぎないとしか思えません。本当に部落差別を根拠に解雇するなら、こっそり調べて電話でクビを切るでしょう。

 このような形で不当解雇と部落差別を結び付けられると、そりゃ会社側としては困惑するでしょう。ひょっとすると「今後も、とんでもない言いがかりを繰り返されるのではないか」と畏怖したかもしれません(なにしろ既に言いがかりだと感じていたでしょうから)。

被糾弾者には、確認・糾弾会の完結時についての目途が与えられない。 反省文や決意表明書の提出、研修の実施、同和問題企業連絡会等への加入、賛助金等の支払い等々確認・糾弾行為を終結させるための謝罪行為が恣意的に求められ、これに応じることを余儀なくされる。(平成元年8月4日付 法務省人権擁護局総務課長通知)

に示されているような「労使紛争が同和問題化することに対する恐怖」を会社側担当者が感じなかったと、また島田氏らが紛争を迅速かつ有利に解決するために「同和はコワい」というイメージを利用しなかったと言い切れるでしょうか。
 本件は不当解雇を行った会社に重大な落ち度があり、他方島田氏には正当な権利があったのですから、その限りにおいて島田氏らのとった行為の違法性はかなりの程度減殺されるとみるべきだと思いますが、完全に阻却されるかどうかについては疑問が残ります。

(なお、判決に対する感想ではないのですが、部落差別があったと非難するなら、きちんとした言質をとってそれを明らかにするなり、同じような欠勤者や労災受傷者の処遇と島田氏の受けた処遇に明らかな差異が見られることを証明するなりして、「労使問題ではなく部落差別問題である」ということを明確にしていただきたいものです。ホームページや新聞記事を読む限り、民事判決にせよ今回の刑事判決にせよ、「不当解雇である」「正当な権利行使である」とは認定されていても「部落差別の結果である」とは認定されていないようです(もしそのような事実認定があれば、堂々と判決文を引用しているでしょう)。今回「刑事責任なし」とされたとはいえ、同和団体が本件でみられたような“こじつけめいたアピール”を続けていれば、いつまで経っても「同和はコワい」という風潮が拭い去れず、「エセ同和」といわれる恐喝を横行させる素地が温存され続けることになるでしょう。それは結局のところ、被差別者に対する抜き難い忌避感情となって跳ね返ってくるのではないでしょうか。)

「対案」が出てくるらしい。

人権委の権限縮小検討 自民反対派、党内調整へ
 政府の人権擁護法案に反対する自民党議員でつくる「真の人権擁護を考える懇談会」(会長・平沼赳夫経産相)は27日午後、党本部で開いた会合で同法案の対案づくりについて詰めの協議をした。来週から党執行部との調整を本格化させる方針。
 対案では、人権救済機関として設置される「人権委員会」は出頭要請や立ち入り検査などが可能で、権限が強大すぎるとして(1)法案通り、公正取引委員会などと同じく国家行政組織法3条を根拠に設置するが、権限を縮小する(2)同8条に基づいた審議機関とし独立性を弱めた組織にする−−の2案を検討。
 また、人権侵害を調査する「人権擁護委員」の選任基準については、日本国籍を持つ者に限定する国籍条項を設ける方向。ただ公明党は国籍条項に否定的なことから、自民党内の推進派の一部では、北朝鮮による拉致問題解決に支障が出ることを懸念する反対派に配慮し、「国交のある国」とする案も浮上している。
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=poli&NWID=2005052701003870

 政府案の対案を作ろうとしても、時間的制約がありますからねえ。

 (1)は、要するに「特別調査」について、なくしてしまうか虐待に対象を限定するってことでしょう。後者なら理解できます。差別助長行為に対する特別調査の必要性などについては議論の余地があるなあと思っていましたから。でも全部なくしちゃうとなると、個別法の網から漏れた領域で生じた虐待などに対応できませんから、やはり「特別調査」は設けておいたほうがいいんじゃないかと思いますが。
 まあ、法務省案から引き算するだけですから、考えるのも簡単でしょうね。

 (2)については、これだけではよくわかりませんね。まず「8条機関」とは、国の行政機関に附属し、その長の諮問に応じて、特別の事項を調査、審議する合議制の機関をいい、国家行政組織法8条の「法律又は政令の定めるところにより、重要事項に関する調査審議、不服審査その他学識経験を有する者等の合議により処理することが適当な事務をつかさどらせるための合議制の機関を置くことができる」との規定を根拠に行政機関に設置されるものを言います。従って政策決定の責任はあくまでも大臣にあり、8条機関にはないとされていますが、電波監理審議会など、例外的にその答申が大臣の意思決定を法的に拘束するものもあります(参与機関)。
 委員の任命については、先に例として挙げた電波監理審議会のように独立行政委員会並みの選任手続を定めたものもあれば、中央教育審議会のように実質上関係団体から推薦を受けた者を文部科学大臣が任命するものもあります。委員は原則として非常勤です。
 審議会の庶務については、基本的に所管府省内の既存部局が担当するものとされておりますので、おそらく現行の人権擁護局が担当するということになるでしょう。
 8条機関はバリエーションが豊富ですから、対案の概要が明らかにされないことには検討のしようがないのですが、どのような形になるにせよ、調査権限は大臣に帰属することになりますね(審議会は大臣の諮問に対して答申するものであって自ら調査したりするものではありませんから)。
 ところで、訴訟参加手続が設けられるとしたら、被告が国の場合どうなるんでしょう。原告補助参加人と被告のどちらも訟務検事ってことになるんでしょうか?
 
 いずれの案も私の主張(「糾弾行為を制限する規定を置き、公的紛争処理の利用を促進すべきだ」と「上訴手続を明記し、誤審からの救済を保障すべきだ」)とはすれ違っていますから、私にとってはあまり魅力的な対案にはならないような気がします。